かまめブログ
● お店 しくみ
ひさしぶりにココルームにはりついて
たくさん コーヒーだしたり、ごはんだしたり、ビール出したり、ウィスキーだしたり
あなたには お酒は出せません と言ったり
しらふのあなたにはじめて会いました きょうはきもちよくお酒をだしましょう
と言ったり
差し入れをもらったり ココルームにお客さんを残してカマメに行ったり
カマメとココルームを同じ人が行ったり来たりしたり
あれだして これだして として
きょうは お店をやった というきもちになった
ココルームはお店とはいってもふつうに言われているお店とは
やっぱり ちょっとちがうけれど
カマメに比べれば かなり お店 としてのていをなしている
ベースに お店 的なものがある
その お店的なしくみに 久しぶりにどっぷりつかってみると
なんだかよいなあ というかんじにおもいました
お店 というしくみをつくった人は やっぱり いろんな経験のなかで
お店っていうしくみを 編みだしたんだろうなあ とおもう
お店って もともと人を循環させる機能をもっているんだなあ と
良い意味で 空気のながれがある
お店でじゃない 場だと 循環しずらくて
流れをつくりにくかったり するなあ
なんだか このカマメとココルーム お店じゃないような場所と お店のような場所の行き気で
なんだか お店 とか たとえば 病院 とか 映画館 とか 動物園 とか
いろんな 人があつまる場所のしくみを 試行錯誤して 考えたであろう
昔の人のきもちがすこし わかった
きっと昔は こんなかんじで 試行錯誤してつくっている途中の
ここはこれをするところです こんなこと以外はできません
ここではこういう行動をしてください ということがはっきり決まっていなくて
そういうことが そのときそのときの状況の中とか 関係の中でつくられていくような
なんと説明したらよいかむずかしいような
はっきり名前はあったとしても そこでのできごとについて
こうなのです と 固定されたり限定されたりしないような
そんなお店や 場所が たくさんあったんだろうな
とおもいいたり
まさにここでの場 はそういう場 だなあとおもう
ばたばた ばたばたして
気づけば おわる一日
● デジタルとアナログが仲良くいっしょにいると たのしい
カマン!TV with NDS のようす
たくさんお客さんが来てくれて
毎回 映像おわりには拍手が起きるし
映像にあわせてみんなで歌いだす
たのしくて ほんとうになんだか紙芝居屋さんがまちにやってきて
そのまわりに人が集まってくるような
そんな ような いい雰囲気 やっていることは
youtubeの映像をパソコンで引っ張ってきてテレビに流すという現代IT技術の産物のようなことなのだけれど
アサダさんが 紙芝居屋さんならぬ テレビ屋さんに見えました
そんなたのしい会が盛り上がっているのを 背中にともかくカマメ通信を今日のよるまでに
仕上げないといけない使命がわたしにはあり
ともかく必死でPCに向かう
うがー っとやって なんとか おねがいしますっと いつも印刷を引き受けてくださる
まっちゃんさんに 手渡し どうにかこうにか
こまどりしゃの描いた日記を4畳半滞在日記にあげました(まだ2日分…)
ほんとうにノートに描いた日記がウェブにあがると
とってもたのしいことにきがつきました
きのうも ノートのパワーにおどろきましたが
きょうもアナログの力を見せつけられました
こまどり社の路上文庫
● もんどりうって 一周まわって 帰ってくる
きのう、今日は生活保護費の支給日で
毎月そうなのだけれど 先月末にお金がなくて いろいろがまんしていた人が
今日ばかりはとお酒をのんでしまって
まち全体がいつも荒れる
生活保護バッシングが巷では いろいろあるようで
それは表面的にはそうなのだろうけれど
このまちでこうして そのど真ん中にいて 問題といっしょにくらしていると
そのバッシングのリアルさというのは
じつは感じられなくて
支給されたお金で さっそくお酒をのんでしまって
周囲に迷惑をかけてしまうその人個人よりも
そもそもの制度や この社会の大きな構造とか 社会が今までやってきたこと とか
そんなものについて 逆にほんとうに注意が向く
そこがちゃんとしていれば こんなことになったのだろうか… とおもう
同時に個人が個人として どう溜めこんだもののはけ口を
人や場へ 悪い形で出さずにすむように どう溜めこまないようにするか
溜めこまないで ぼちぼち 表現したり 小出しに ちゃんと吐き出したりできるか
そんな方法とか 考えたりするんですが
わたしももちろん その当事者で どう溜めこまずに ちゃんと表現するか
いろいろかんがえるんですが
なかなかむずかしくて
でも 「言いたいことを書いて」 と手渡されたノートに
いっしょうけんめい なんとかどうにか 伝えたいとおもっていることを
書いてみると なんだか すこし気分が楽になり
ノートって いいなあ と 気が付き
書いて といってもらえて よかったなあ とおもう
とはいえ 本当によぱらって 話が通じなかったり
ひどいことを言われたり 今まで我慢していたもののはけ口に なったりしている
ここの場や 自分を含めたスタッフみんな が どうして傷つかないでやっていくか
どうやって 自分自身を責めずに やっていくか というのが重要だなあとおもい
話しをすること 話をきくこと 対話をつづけること
それが いろんな層になっていること とか いろんな ことがきっと 大切
なんだろうなあ とつらつらと
*
夜遅くに、商店街でおとなりの洋食屋さんのだんなさんと
わたしがいつもお世話になっている 着物やさんのおにいさんが
夜飲んだ帰りに カマメに寄ってくれて
いろいろおはなしをして
「はじめは こんなわけのわからん店(ココルームのこと)追い出してやる とかおもっとったけど、やっぱり続けるってことはすごいことや… やっぱり地道に続けてこられたら 認めざるをえない。こんなふうにふつうに(スタッフと)話せるようになるとは初めは思ってもみなかった…」
と話してくださって 話し終ったあとに
せきが止まらないわたしに のどあめを 買ってきてくれた
わたしは関わって1年もたっていないので
2年間 このまちで 継続してやってきた ココルームを
すごいなあ と 改めておもう
地道につづけること 信じて ともかく続けること しかないなあ と
こまどり社とも 同じようなはなしをして
地道にラジオ体操だね ということで きょうも就寝
● お2階珍道中
カマン!メディアセンター2階にやってきた映像集団&映像スペース(?)NDS
におじゃましてきました
きょうはアサダワタルさんが、こまどりしゃのようすを訪ねてくれたのと
4月2日のカマン!TVwithNDSの顔合わせのために いっしょに2階へ訪問
一度この絵の写真をとりたいと思っていたので とれてうれしくて載せました
うつっているダンボールのものはこまどり社特製ダンボールししまい
NDSの佐藤レオさんは この窓から ココルームで起こる ドラマチックなあんなことやこんなことを
「わあー」と思いながら見ているそう
夕方にはアメリカに行く前にと 遠藤水城さんがココルームへよってきてくれた
遠藤さんの「アメリカまで」 という本がココルームの本棚に 悩ましげに 横たわっていたのを
すいこまれるように手にとってよんで
本のおもしろさというか 自分の感覚にフィットした感じがたまらず
遠藤さんに会いたい と思っていたので会っておはなしができてうれしかった
こまどり社がもんもんとしていることも レジデンスをしりつくしているだろう遠藤さんに相談したりして
こまどりも遠藤さんといろいろおはなしして
ノスタルジーを背負ってアメリカにたたれる遠藤さんを
ししまい持ったこまどり社と 着物のわたしと 昭和レトロなかなよさんでお見送り
とおりがかった人は われわれを ちんどんや とまちがっていた
夜のお2階訪問のあともアサダさんとこまどりはいろいろ話にはなが咲き
アサダさんの年度末のしごとの多さのはなしを聞いて
おえっとなりながら
年度末から新年度へ
きもちよくむかえるべく あたふた あたふた
● あたまが ぶわっとなりながら
あまりのさむさに 起きてびっくりしながら
風邪で はなものどもあいかわらずながら
どうにかこうにか出勤
きょうはほんとうにあわただしく
あたまがたびたび ぶわっと なりながら
それでもそんななかなんとか助成金書類かきあげ
よまわりにでかける
わたしはよまわりはいつも記録係で
一番後方でひたすら記録していたのですが
今回はかなよさんのかわりにがっつり前へ
手渡す前などに おじさんたちに声をかける
一番後方ではいつも みなさんがおにぎりなんかを手渡すすがたが 確認できる程度の位置なので
どんなことばが交わされているか どんな表情がそこにあるのか わからないのですが
きょうはひさびさに おじさんたちと直接ことばを交わしたりした
こういってよいのかあれですが
はなすおじさんたちの声や表情がよくて
こちらがほんとうに何かをいただいた というかんじになる
*
健康活動から、はやばやと 「ひまつぶし活動」へ転向したこまどり社
転向してそうそうに 風邪をひいたようで きょうは夕方一度ふとんにもぐって
今もはやめの就寝
本人はこれでやっと健康活動に意味が出てきた と 満足げ
みんなが こまどり だいじょうぶ?と心配してくれました
● 土手のおもひで
淀川へいってきました
東京っこのわたしは
大阪の川といえば なんとなく淀川… とかおもっていたんですけれど
今までいく機会もなく
なぜ淀川へ行ってきたかというと
淀川テクニックさんhttp://yodogawa-technique.cocolog-nifty.com/に会うため
わたしは東京都大田区出身で 多摩川土手というのがやっぱり
いざというときの なんというか いざっ というかんじのばしょで
夏にはちょっと不良っぽく なかまと深夜花火をしに行って ロケット花火のあぶない使い方をしたりして
夏のにおい
春はピクニックに 冬はてづくり凧の凧上げに
そして 大阪に出てくる直前には 父と2人でなぜかおべんとうもってよもぎつみにいきました
土手にはたくさんの思い出があって
菜の花さく淀川土手 なんだか そんなものをほんとうに久しぶりに思い出して
きらきら光る川向うの梅田のビルディングをみながら 土手にすむおじさんの
ホームレスするならここがいちばん という声をききながら
ああ 土手っていいなあ 川っていいなあ ほんとにホームレスするならここがいいなあ と思ったのでした
土手におうちをかまえているおじさんのおうちの前には
城のおほりかと見まがう石垣
3年かけておじさんが自分でつくったというその石垣 おじさんの家は城に見えた
わたしたちは淀川テクニックのことを略して「淀テク」と呼んでいたけれど
おじさんは淀川テクニックを 「テクニック」 と呼んでいておもしろかった
おじさんのがよっぽどテクニックだよ と いいたくなる
淀テクさんは夏に釜ヶ崎に来てくれる
以前三角公園で ごみで富士山をつくったときのおはなしを聞いて
ちゃんと許可をとってやったのです 銃も向けられたのです 石も投げられました
というおはなしを聞いて
アーティスト根性だなあ と純粋におもったのでした
三角公園ですもうをとってもらうの たのしみに 淀川にまた会いにいきます
● 健康ってなんだろう
こまどり社がやってきました
深夜12時に青春18きっぷにて さいたまから
ということで カマメはこれから健康習慣になります
スタッフのわたしが一番健康から遠いとおもい
なんとか健康になるべく 日々がんばります といいながら
この時間
ありゃりゃ
● はじめ と おわり
わたしはものごとのはじめとおわりが苦手らしく
だから 入学とか 卒業とか はじめとおわりが一気にやってくる 春 が近づくと
いやあ な ふあん~な 気分になるので
春は じつはあまりすきではないんですね
おわってすっきりした
新しいことがはじまるぞ わくわく
というよりは
おわりからくる 喪失感と
これからはじまる新しい得体のしれないなにかへの 不安
がそれに勝ってしまうのですね
で 最近
一日のはじめとおわりも苦手だ ということに気付いたのです
ようは 朝 と 夜 がにがて
一日の はじまり と おわり がうまくできない
はじまってしまえば 中ほどは意外といけるんですが
おわりの処理がうまくいかず はじまりもうまくうごけない
そういわれれば
助成金も 走らせてしまえばいいのですが
初めに申請書を書くまでが 書き始めるまでが 憂鬱で
さいごのまとめを書くのも 憂鬱で
これはもしかしたら ちがうのかも知れませんが そういうかんじで
はじめとさいご の えいっ ができないんだなあ と
ぐだぐだと いさぎよくなれない
おわり と はじまり とを 割り切って
たんたんと ができない
思い返せば
こどものときからそうでした
はじまらなければ おわりもないのに
しかしはじまらなければ なんにもならないんだなあ と
勇気をだしてまいにちを、はじめとおわりを繰り返すしかないのであって
はじめ と おわりと うまくつきあう方法を
みつけていくしかないのであって
もんもんと あめふるまちを歩く
このまちで、こうしてはたらいていると 毎日たのしいことがノンフィクションで起こって 毎日がハプニングで 毎日がリアルなドラマなんですが
逆にいうと この空間から外に出たときにひろがる フィクションよりフィクションっぽいものたちが なんにもたのしめない ということになってしまって
いかんなあ とおもう
たのしめないし 敏感にいろいろかんじすぎてしまってしんどい
適度に鈍感 でないと 生き延びられないんだなあ とおもう
うーん なんか暗いなあ とおもいながら
あめふるまちを歩く
あさっては晴れるかな 大阪
● ウィンドウに春の大阪城
ココルームのシャッターのすごい絵を描いてくれた林さんが
こんどは商店街にある喜久屋さんのショーウィンドウに絵を
ショーウィンドウでお商売をする時代じゃなくなったのよ… とおかみさん
でもシャッターしめるとお店閉めたみたいに見えるでしょう だから 去年からずっと悩んでて…
それでカマメに あのシャッター描いた人を紹介してほしい と連絡してきてくれた
まだ、ウィンドウの内側には洋服が見える中
おかみさんの好きな大阪城が描かれていきます
いま、この喜久屋さんの面している 新開筋商店街では
ブレーカープロジェクトhttp://breakerproject.net/2009/
というアートのプロジェクトも開催されていて
たまたまですが なんだかいっしょにイベントをしているみたいで良いかんじ
喜久屋さんの外観は時代を感じさせる なんとも言えない良いかんじで
わたしははじめて西成に来たときから好きなお店なのですが
通りすがりのおじさんたちもたくさん足をとめて見ていかれ
気分は春 になるのでした
● いまここで 生きていく ちからと工夫とつながりと
きのうのもと南方人権文化センターのイベントの様子です
年度末のバタバタでほんとうにつたない進行
おぼつかない企画のなか
みなさんの協力でなんとか さいごまでいくことができました
全体を見てうごく事務局と 司会進行どちらもやるなんていう技術
この世界に入って1年もたたないじぶんに まさか あるはずもなく
てんぱりまくった一日 みなさんには多々ご迷惑をおかけしました
薬物依存の当事者であった経験から 薬物依存の方を支える取り組みをしている
倉田めばさんのことばには 目からうろこ ということが何回も
ヨーロッパでは 鉄の壁 けれど 日本は すだれ 文化
鉄の壁のあちらとこちらは全く別のものとしてあって
薬物依存者とそうでない人 は全くべつのものとして
壁の向こうと こちらに いる
けれど すだれ は透けて見える あちらとこちらの行き来がある
という 感覚はとてもいいなあ とおもうし
ココルーム的だなあと おもった
ちゃぶ台の舞台に 遅れて靴を脱いであがってくる
くびくびカフェの小川恭平さん 舞台演出かと思われる登場
たのしかったです
そして むすびの紙芝居 釜凹バンドの演奏
2部のこの2つはほんとうに良くって
むすびと釜凹バンドはじつは初共演で
イギリス公演も果たして活動歴も長く、年齢の上でも先輩のむすびの舞台を見て
釜凹バンドメンバーは励まされ、また 緊張がほぐれて舞台に上がることができたそう
うちあげも
バンドメンバーから、会を見に来てくれた若者から、くびくびカフェから、栗原彬さんまで
なごやかに
たのしく
おじさんたちは 釜ヶ崎に何度も足を運んでくださっている栗原彬さんと
いつの間にかなかよしで
お酒がすすむが なごやかで
ときがすぎていったのでした


