かまめのブログ

かまめブログ

● カルタのことばを作っています

いつかカマメでカルタをつくれるといいなっということで

6月から月に一回、そのテキストを作ってみています。

あいうえお…と順番に書いておいて、

それに続くことばについて、

みんなで書けるところをどんどん書いていくというかたちです。

 

カルタを作る前に、カルタ的な心身にするために?、

カルタマニアかなよさんが集めたカルタで遊びました。

 

幻聴妄想カルタ かるた/幻聴妄想だっ

切り絵のかわいいカルタ かるた/切り絵

色鮮やかカルタ かるた/色とりどり

文字ばっかりカルタ…は途中で諦め… かるた/文字ばっかり

 

ルールのある俳句もおもしろいけれど、

何のしばりもないこの形もまたずいぶんおもしろい。

 

****

2011.7.15

あなごさんは、27才
いけずは、やめて下さいな
うんどうは本当は体に悪い
えんろはるばるココルーム ようおこし岩おこし
おけはざまのねぎらい

かたちあるものはすべてこわれるもの
きんきらきんの時計が光る天王寺のとらやん
くりのきのはなのかおり思春期かな
けんもほろほろあほうどり
ころんだら、もう起きあがれない

さしすせそでそうじをしよう
しってるよ、ねぇ、しってるよ
すずかけのこみちをあるこう
せんたくは毎日しても終らない
そらからほしはふってきた

たにんぎょうぎは今日でそつぎょう
ちきゅうがみかんだったらどうするの~~~?
つのだせヤリだせおいらサムライだ
てつどうの仕事しとるからな
とまり木とまりてトーテンポール

なんでかって聞いてもしゃあないことはわかってる
にんげんのいっしょうははかないものだ
ぬり壁に会いたいな~~~!
ねころんびああザンビア
のみたいょ~~~ビ~~ルに焼酎・水割りを

はたらけ、定年までやめるんじゃない
ひまわりのはなのようにあざやかに
ふるふるふる雪がふる
へんとうせんがきょうもはれた
ほんとうはおれおかまなの

まっとうなことは聞きあきた
みんなでたべようかな おやつひとりじめ
むかしむかしそのまたむかしそのまたむかしのそのむかしっていつ?
めをそらさないってなかなかできひん
も〜〜〜暑いのは嫌になる〜〜〜!

や、山田、山下、山村やけくそ
ゆ~たかて、そんなんわからんがな
よばれたような気がする

らっきー!来るとき100円拾ったよ
リンパ線 腫れると痛いな 大変だ
ルーレット 当るといいな 当たり玉
歴史好き 釜の歴史調べたい
ロックスターに会ってみたい

わたし馬鹿よね あんたもね
をーと叫ぶよ 商店街
んんん振り返る君のむこうに空

 

****

2011.6.8

ああ寒い エアコンの季節 久々味わうおねしょかな
いい日目覚め いつからか 忘れ寝坊し
うりうりの 種無しスイカの あじけなさ
ええ湯とぞ 暑くて日ぶくれ いといたし
おぞましき おかまのハゲに イトサムシ

かあちゃん いつも仕事で たいへんだ
ききみみは、どっち?
苦しいが ここががまん しどころよ
けとばしたいのは、人の恋の道の前を通りすぎる人
子供たち いつも元気が あふれている

さかずきを呑めば呑むほどよいしぐれ
しょうがないこともあるよなぁ
すみませんもあいさつ
せっかくあなたとであったのだから
そうめんをながしてちゅるりと食べたいな

たったたった何が立ったか知らねども
ちりひとつ 何のやくめか おわりしを
つみきを横にならべて城へきづくり
てがら話ほらふき合戦になり
とじまりして家の中にかぎわすれ

なんて言ったの、いまなんて言ったの
にんげんのそんげんのゆくえふめい
ぬかかなあ、つけもんかあ、
ねこやなぁ、つぎはでてこん、
のむことばっかり言わない

はひふへほ らりるれろとぞ 言いにけり
ひるねは元気のみなもと
ふとんほす。 昨夜もまたぞ ゆめしょんべん
へばかりこきて 何とする べんぴのはなし
ほーほーほーたるこい

まりをついてあそびましょう
みんな、象が好き
むかしのことなんて覚えてない。
めばちこちゃん、こんにちは!めだかくん、さようなら。
ももくり3年 いちじく15年。

やらせてたもれ 何をかは 人それぞれに
ゆの中に ぜんぶ浸かって 泣きたいの
よるが来るのは すきだけどきらい

らららと歌って 生きている
りょこうに行きたいと 言い出したら 黄信号
る、こんどは、る。ルビー、るすばん。
レビューでも 観に行きたいわね
ろけっとにのって 会いに行く

わが身とて 風呂に入るは かゆみより
をうとなく 苦し紛れの 一句かな
んんんんん。どっちやねん。

 

****

なんどかこれを繰り返し、 ことばをためていこうと思います。ゆ かるたことばづくり

● 7月19日 朝の東京駅からバスに乗って福島へー 

 

719

 

朝の東京駅からバスに乗って福島へー

 

台風が接近していて東京駅に降りたら

風といっしょにすごい速さで雨がやってきました

 

はじめて東京ではなく、福島県で放射能から子どもたちを守る福島ネットワーク

http://kofdomofukushima.at.webry.info/

の対政府交渉が行われるということを

猪瀬先生からきき、レコーダーもって誰か行ってくれる人がいれば

とのことで、せっかく東京まで来ているのだからと

勢いで福島まで足を延ばすことにする

 

高速バスを使えば、福島 大阪 も 東京 大阪 も

値段はほとんどかわらない

バスなら 東京福島 間も安い

深夜に急いでバス予約 変なパジャマでコンビニまで入金

 

きのうの議論からも、またいろいろ考えたいこともあり、それなら福島で考えよう と思いました

 

バスで約5時間 お昼すぎに福島に到着

 

おなじみになってきた福島駅 また福島で会ってきた人を

思い出して じわっときもちがうごく

 

すぐそばの大きな施設 コラッセふくしま が会場

 

130名の人が参加されていた

 

少し席があいている

少し遅れていったので、座れないほどなんではないかと

思っていたけれど、すんなり座ることができた

 

前回の議員会館さながら、大きくてきれいな会場

大きなスクリーンがかかっている

 

福島での開催なので、いわずもがな

福島の方が多い

 

会場のなかは福島弁が響いていて、うれしくなる

 

630日の交渉は、200人くらいの人がいたように思うけれど

いかんせん、場所が東京の国会の衆議院議員会館だったので、

 

多くが東京やそれ以外の地域からの人で、

福島弁が会場に響くことがあまりなかった

 

今回は会場のあちこちから飛ぶ声のほとんどが福島弁

 

これだなあ と思う

 

交渉の内容は6月30日に行われた、前回交渉で、

交渉側の質問に対して、政府が

 

「そういうことをお約束できる立場にありません」

 

「持ち帰って相談します」

 

「知りませんでした」

 

 

という答えをし

 

質問に対して回答らしい回答がなかったことを受けて、

そのことの回答をもういちど問う ものに感じられました

 

それから、サテライト疎開 という学校やコミュニティ単位の

疎開をつよく要請していく内容を含み

 

幸子さんは、前回から検査を実施してほしいと訴えていたのに

なにも進んでいない、こどもの尿検査実施を訴え

対策本部にみんなの前でこどもの尿を渡しました

 

内容については、前回と同じように

 

「現地対策本部は回答にお答えできる機関ではない」

「わたしが話せるのはここまでです」

 

各機関責任の所在をあいまいにしたまま、

 

「県がやっています」

「東京のほうに聞かないとわからない」

 

と繰り返していました

 

まったく同じようなことを、20日前に聞いていたので、

本当に

聞くのをやめたくなりそうな嫌な気分になるほどの内容でしたが、

それでも何度もこうして

交渉を行う、こども福島やその他、交渉担当のみなさんに

前回からそうだけれど、本当に頭が下がる思いでした

 

 

それでも、今までと違って会場のあちこちから、福島弁で

福島の人の心からの声があがる さけびにも似た声、淡々と語られる声

いろいろな声がいのちのひびきとしかいいようもなく そこにあり

 

東京の交渉のときのような、なにか 違和感のようなもの

は少なくなったように思えました

 

帰りぎわに、こども福島の方とすこしはなしをし、コラッセ内でPCを叩き

 

そのあと、郡山に転勤になったにゃんにゃんとごはんをたべ

 

大阪で出会った人と福島で会うのはなんだかふしぎだ とお互い

 

割と1人での行動が多い福島で、見慣れた顔に会えたことはほんとうにうれしくてほっとしました

 

おなかいっぱい沖縄料理をたべて、急いで福島駅前から夜行バスにのりこみ

朝9時に大阪 天王寺へ

 

朝トランクを引きずりながら、ボロボロで帰宅途中

さっそく、道行く大阪のおっちゃんのおしゃべりの洗礼を受け

大阪に帰ってきたー という感じで

 

夕方から、西成プラザで、OCA!シンポジウムの打ち合わせ

思いっきり大阪(おもに文化行政)のことを考える時間になり

思いっきり大阪のことを考えました

 

交渉については、自分の感情を入れて書くとなかなか見えにくくなることも

あると思うので、印象にのこった部分を

文字おこししました

 

全文の文字おこしも追ってする予定です

 

。-。-。-。-。-。-

 

対政府交渉 in 福島~「避難の権利」の確立を求めて

http://www.foejapan.org/energy/news/evt_110719.html

2011719日(火)13:0016:30@コラッセふくしま

主催;放射能から子どもたちを守る福島ネットワーク

 

【政府サイド】

・政府 現地対策支援本部 住民支援班   佐藤

・政府 現地対策支援本部 放射線班 鎌倉

・政府 現地対策支援本部 医療班 放射線医学総合研究所 山田

・政府 現地対策支援本部 住民支援班   新保

・原子力安全委員会 現地組織 連絡調整役 生駒

わからない方に関しては■

 

 

【こども福島サイド】

・中手聖一 こども福島代表

わからない方に関しては

司会者の方もこども福島サイドの方

 

 

【会場】

会場内の声で、レコーダーにて聞き取ることのできる範囲のものを文字おこし

 

 

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交渉開始後 約1時間経過

 

 

中手:すみません。中手ですが。現地の対策本部も本当にいろいろお忙しいと思うんですが、やはりせっかくの機会ですからね、認識をわたしたちも勉強したいし、みなさんがたにも認識を高めていただきたいと思うんですが、室長の佐藤さん、今お話聞いて基本的にこういう姿勢でやっているということはわかりました。

ひとつ確認しておきたいんですが、福島県民はね、他の国民と同じく、無用なひばくをね、避けて生活する権利ってあるでしょう?等しく。違いますか。

 

(会場:拍手)

 

中手:福島県民だけ、他の国民以上のひばくをして生活しなければならない、とはお考えじゃないですよね?

この点だけ確認して、この後の話し合いを進めていきましょうよ。そうすると意味のある、話し合いになると思いますから。

もう一回言いますよ。福島県民も、他の日本国民と同じく、等しく、無用なひばくをせずに生活する権利があるでしょう?

いかがですか。

 

佐藤: (沈黙)

 

会場:(ざわめき) ないの!? ないんですか?!

 

佐藤:政府としてですね、できる限りひばくを少なくしていくという取り組みはしております。

 

(会場:(ざわめき)

答えになっていないですよ?!

権利があるかないか聞いているのに

 

中手:つまり、ない ということなんですか?

 

佐藤:あのー

 

会場:あるのか、ないのか どっちなの

 

中手:「権利」 はあるでしょう?

 

佐藤: 権利があるか、ないか、わたしはわかりません。

 

(会場:(大きなざわめき) えー?!

権利もねーのかよ?!

ひどい

 

中手:福島県民だけ、公衆衛生上のひばくで、基準が違う可能性がある、という意味ですか。

今のお話だとそういうことになっちゃいますね。

 

佐藤:わたしが申しあげているのは、できる限りひばくを少なくするという取り組みを行っていると

 

(会場:答えになってない!!)

 

佐藤:わたしが

 

中手:福島県民だけ、ちがう基準だってことはないでしょ?

 

佐藤:わたしがお話できるのは、ここまでです。

 

(会場:えー!?なんですかそれは!!)

 

中手:つまり、ここからの話はですね、福島県民だけ、他の国民以上にひばくをしなければならないかもしれない、ことを前提に

話し合いを進めなければいけませんか?

 

政府: (沈黙)

 

会場:国民は平等じゃないんですか?!

 

■:ちょっと、待ってください。あの、現在は、緊急事態の状況にあるということは

 

(会場:いつまでー??)

 

■:その今の原子炉の、原子炉のステップワンの状況が、どうしても今収束して水素爆発がないというところまで行っていないので、現状は、現状は

 

会場:福島県民にひばくしつづけろって言うんですか!?

 

■:緊急事態の範囲内の話で

 

会場:福島県民は緊急事態を受け入れろってことなんですね

 

■:今現在、今日現在の今の緊急事態

 

司会:みなさん冷静になりましょう

 

中手:話を先走らないでお考えください。

えっとね、わたしたちも、福島県民全員がね、1ミリシーベルトを越えちゃいけない、越えたんだから責任とれ!なんていう話をしようとしてるんではないんですよ。

もう越えているんですから、守りようないところもあるんですから。ただ、等しく権利は持っているんだから、だから、今佐藤さんがおっしゃったように、少しでも減らす方の努力をしましょうとなるわけでしょう?この確認がしたいんですよ。

もともと権利がないんならば、努力する必要なくなっちゃうじゃないですか。この確認がしたいだけなんですよ。

 

政府:(沈黙

 

(会場:なぜ答えらんないのー、理由言ってー。)

 

中手:これでも答えられませんか。

 

政府:(沈黙)

 

(会場:(ざわめき)すごいなー。

すごいねえー。

基本的な憲法のはなしだよなあ、これは。

福島県民は日本国民じゃないんですか)

 

司会:ま、これ、かなり当たり前の話なので、あの、ふつうに答えてください。

 

■:今の状況から、20ミリ、で今その、地点を設定したりしてますから、20ミリっちゅうのは緊急事態、ようするにというところから始まっている、今の状況はそういう状況であると、そのために、努力をしている部分はあることは事実でございます。それは一生懸命努力しているということはあります。

 

:ですからね、これ、当たり前のことを言ってるんですよ。そちらも、なるべくひばくを下げるようにします、とおしゃってますよね。だから、聴いてるのは、無用なひばくを避けるというね、そういう権利が、当然福島県民にはあるでしょうと、それだけのことなんですよ。基本的な姿勢として。

 

司会:はい。あの、これは別に問い詰めようとかそういうことではなくて、共通のなんでしょうか、共通のーこう出発点を確認するという作業なので、正直わたし、あの、ここでこんなに手間取るとは思ってなかったんですが

 

(会場:笑)

 

司会:あの、普通に、これは、イエスだと思うんですがいかがでしょうか。

 

政府: (長い沈黙

 

(会場:え??え? ないの

ないの?笑 ざわめき

すごいなー)

 

司会:あの、普通にお答えを あ、安全委員会はいかがでしょうか。

 

安全委員会 生駒:ま、一般論というところはから入らせていただきますが

 

(会場:一般論!?)

 

生駒:ま、こういう原子力事故が起きた時は、やはりどうしても放射性物質の広がりに対して、大勢の人々が逃げて、その、被ばくから逃げるということがどうしても間に合わない事態が、考えられるので

 

(会場:(ざわめき))

 

生駒:ある程度、そういう中では、ごく短期にそういうことが起きたときには、ある程度の線量をひばくすることをどうしても受任せざるを得ない、ということが国際的に

 

(会場:(大きなざわめき))

 

生駒:それはまずそういった国際の勧告がございます。で、それに対して、じゃどの程度のレベルで緊急時と言えど、どのレベルまで受容すべきかということは政府、国民が検討すべき話とし、てそれが当初計画避難区域を設定した時点では、えー年間20ミリシーベルト、えー政府として20ミリシーベルト以上は国民にひばくさせないと、ですからそこに住むなという措置をとっております。ただ、これはあくまでも緊急時と、で今回この緊急時というのは非常にそのーえー、一般的な原子力事故、ま、原子力事故に一般的もなにもないんですが、ごく短期という、まただ、今回非常に長引いているということもあって、ですね、ここまで想定していないような展開になっていることもあり、20ミリということのその先の、これ以上ひばくすることは国として、え、受任できないということで、次の

 

司会:えとですね、ごめんなさい。20ミリの話は結構なんです。はい。今聞いているのは割とシンプルな

 

生駒:はい、じゃあ、最終的にですが、これ以上ひばくさせられない、ということをどんどんどんどん下げていくということは、当然今後ある話かと。で、今それは最終的には1ミリシーベルトまで目指していく、というこれは安全委員会としての見解としてございます。ただそれを、早期にと言ってもすぐに、明日すぐにできるというものではない。そこをどううまくやっていくか、あるいわ、そこの考え方というのは原子力安全委員会の中で議論をしていると。で、わたくしも、え、あのー、安全委員会の中で、議題として今日もやっていると聞いております。

 

中手:えっとーつまりね。そうだと思うんです。みなさんも共通認識でしょ、今の。自分のとこの部署は違う認識でやってますというところがあったらば手を挙げてください。おそらく原子力安全委員会の、ね、正式な立場ですから、えー、日本政府も一緒ですし、ここにいらっしゃる方々も同じ認識の下だというふうに理解していいですかね。日本政府も同じ認識の元でということでいいですかね。

 

生駒:ちょっといいでしょうか。わたくし、あの、ここで国際センターにいることもあって、原子力の災害対策本部と一体的なものというふうにあのたぶん、お考えになられているかと思うかもしれませんが、あくまでもその政府の災害対策本部と原子力安全委員会の緊急技術助言組織というのは、全くあの

 

中手:はい。わかってますわかってます。でも今のは、だいぶ前に出ている考え方でもあるし、日本政府として共通の認識じゃないですか?違いますか?現地災害対策本部だけ違うってことないでしょ?

 

政府:(沈黙

 

(会場:笑

ちがんだ

 

中手:どなたかお答えいただけませんか。

 

政府:(沈黙

 

(会場:これは、ここにいても守ってもらえそうもないねえ笑 ちょっとねえ

無理だねえ

そうだねえ ちょっと

 

中手:どなたかお答えいただけませんか。

 

司会:すみません。お答えいただけませんか?

1ミリシーベルトを目指していくということは、これは、日本政府の見解でよろしいですよね。

 

政府:沈黙

 

■:さきほども言いましたように、20ミリの状況下の現在から将来に向かっては、できるだけ少なくするということは我々の仕事としてやっています。そこまでは、わたしの言えるところでございます。

 

司会:はい、あのー。いささか、あのー、このあたりまえの共通認識に立ってー、あのー建設的な議論をとおもったんですが、ちょっと煮え切らないお答えで残念ではあるんですが、あの時間が押しているので、先に進みたいと思います

 

 

 

 

交渉開始後 2時間 経過 あたりから また 掲載します

 

今回の掲載はここまでとします

 

 

● 7月18日 雨の大阪を出て 東京へ

7月18日
午前中、雨の大阪を出て 東京へ
最近よくゆく明治学院大学へー
福島のことでなにかできないかをV学会の運営委員の方など、あつまった方とおはなし
みなさん、ネットワークがとても豊富で今まで聞くことができなかった情報が入ってきたりする
アイデアも豊富
長い議論のあとでまずは、どんな組織がどう動いているかということを知ることが重要なんではないか
ということで情報をあつめよう ということになりました
(ま

● あついあつい でも外へ出で みんなとこんにちわ

とにもかくにもあついですが みなさんお体だいじょうぶでしょうか

釜ヶ崎のおじさんたちは、とても高齢の方が多いので心配

 

炎天下の下でお酒をのんでいだり

そしてそのままひかげで寝ていたり

ひかげでないところでも寝ていたり

段ボール一杯のリアカーの上で寝ていたり

あっついのにぼうしもかぶらず

つえをついてふらふらっと歩いていたりします

本当に心配になります が、みんな外に出ている

それだけで うーん 元気だなあ 見習いたいなあ とも思います

 

ココルームやカマメにも

あついあつい と言いながら常連のおじさんがやってきたりしています

節電カフェのココルームは 別名 サウナカフェ となっております

 

そんななか

震災以降 やっぱりいろんなものが自分のなかでこわれていて

(そのまえからいろいろこわれていたんだと思うのですが)

なにをどう書いていいやら~ となってぼーぜんとしていることもあり

でもなんだかんだと言いながら

こちらの現場をみんなにおねがいして

6月は 5日~12日まで

宮城県と福島県へ

7月2、3日と

福島県へ

行ってきていました

 

カマメで報告会などもしてきたのですが

報告を文章にまとめて近日中に掲載しようとおもっています

おそくなってしまいすみません

経験をどうつないでいくことができるかー つたえることはとてもむずかしい です

きょうは10月14~16日までの、OCA!のシンポジウムやアートNPOリンクのフォーラムの打ち合わせを

應典院にて、さまざまなみなさんと いろいろ考える有意義な時間でした

 

10月14日には、再び釜ヶ崎に、谷川俊太郎さん、栗原彬さんに来ていただき、平田オリザさんともお話していただきます

まちのみんなと、聴き取り朗読の発表 こころのたねとして もおこないます

 

15日には OCA!大阪コミュニティアートの総決算として、政策提言ができるような会を設けようと考えています

16日には アートNPOフォーラム ということで全国のアートNPOのみなさんと 自治のための自立(むずかしいけど大事)について考えてゆきます

興味のある方はぜひ、今から10月14~15日 空けておいてください!

お会いできることをたのしみにしております

(ま

● 夏祭りのチカラ

7月11日、12日は、大阪の三大夏祭りのひとつ、いくたまさん(生國魂神社)の夏祭りの日。昨日の7月11日は、宵宮(よいみや)であった。宵宮とは、本宮の前の晩におこなわれる前夜祭のように思われているが、実は深夜に神霊が帰って来るという重要な意味をもっていた。私は夕方からいくたまさんの宵宮をのぞきにいってきた。大阪の祭りに造詣が深い天六のみんとのしまくんも来てくれた。

 

私が見た宵宮のプログラムは以下のとおり。

 

・獅子舞おねり 午後7時~

・金・銀神輿おねり 午後7時半~

・枕太鼓おねり 午後8時~

 

正門の鳥居には、夏越の大祓の茅の輪がまだ残っている。宵宮は、その茅の輪がある鳥居から本殿までのあいだの境内でおこなわれる。そんなに広くはないが、日が暮れ、提灯や屋台の明かりが灯り始めると、かなりいい雰囲気だ。

 

獅子舞おねりは、赤と緑の二頭の獅子が舞う。途中で、おかめとひょっとこの面が被った者もでてきて、二頭の獅子とコミカルにからんで楽しい。二頭の獅子は、お互いケンカしているよう。最終的には、赤が緑を制圧する。たぶんちゃんとしたストーリーがあるんだろうな。この獅子舞は、一時期途絶えていたそうだが、またこのように復活させたとのこと。

 

金・銀神輿おねりは、まず「♪コンチキコンチキコンチキチン」との囃子とともに、太鼓をのせた山車がでてくる。山車の上には、4人の子どもがのり、太鼓をたたく。そのうちかけ声は「わっしょい、わっしょい」と威勢のいい感じに。

そして、金と銀の二基の神輿が登場。神輿の前には、ひとりの男が仁王立ちになり、山車がある本殿のほうに向かい、なにやら口上を述べている。こうした儀式めいたものがあると、祭りは格段と引き締まる。その後、二つの神輿が境内をねりあるく。時々、二つの神輿が向かいあう。にらみあっているようにもみえる。さらに、勢いよくぶつかりあうようになることも。

祭りの本義として、二つの異なるものが対立したり競いあったりする二元論的なコスモロジーの存在をあげることができる。たとえば、相撲が東西に分かれて競いあったり、あるいは地域の祭りで二手に分かれて綱引きをしたりするのはその代表的な例である。この金と銀の二つの神輿のせめぎあいも、まさに同じ文脈で理解できる。先の二頭の獅子舞もしかり。私たちが祭りに夢中になるのは、こうした世界観を体感できることにもひとつある。そんなことを思いながら祭りをみた。

 

さて、宵宮のフィナーレを飾るのは、枕太鼓。これが圧巻であった。鳥肌が立った。いやー、ほんとにすごかった。

枕太鼓とはどんなものかというと、山車の前と後ろに3人ずつ若者がのっており、彼らが山車の上にある太鼓を打ち鳴らすというもの。若者が位置する前と後ろの部分には、クッションのための大きな枕状のものが取りつけられている。だから枕太鼓。「太鼓中」と書かれてある。

この山車は、他の数十人の若者によって動かされるわけであるが、その動き方がすさまじい。それほど広くない境内を猛スピードで走り回ったと思えば、本殿の前で急停止する。あるいは、若者らによって山車は左右に倒されたりもする。そんななか、太鼓を叩く6人は必至で落ちまいとしながら態勢を維持しつつ太鼓を打ち続ける。

神のイメージは、ひとによって多様であろうが、そのひとつは荒々しさ。人間の手には負えない力強さをもったものというイメージだ。時には暴走もするし、転げまわったりもする。そんな暴れん坊のイメージ。そのような荒ぶる神の姿にぴったりの枕太鼓の動きであった。

そもそも夏祭りがおこなわれる「夏」とは、疫病が流行ったり、洪水が起きたりといった、災厄が多い季節。そうした災厄は、非業の死を遂げた者の祟りによると信じられていた。そのため、夏祭りをおこない、祟り神を鎮めるということが目的であったようだ。大阪の天神祭や京都の祇園祭なども同様の系譜。

 

 

3月以降さまざまな問題が噴出した現在。こんなときこそ、夏祭りの力に期待したい。 お)

 

 

 

● 【報告】山﨑都世子監督映画上映会(7月9日)

 

先日の土曜日は、飯沢耕太郎さんのコラージュにつづき、夕方からは山﨑都世子さんの映画の上映会。

 

1994年、当時、映像をまなぶ学生だった山﨑さんは、西成でドキュメンタリーおっちゃん ~私の知らなかった世界~」を撮った。そして、翌年の1995年にも、もう一本、西成のとあるキリスト教会に集まる人びとを主題とした作品「パンとキリスト」を撮影したこの日の上映会では、それら二本をカマメで上映し、そのあと質疑応答形式で山崎さんに自由に語っていただいた。

 

いずれの作品とも、西成で上映するのははじめてとのこと。

山﨑監督もそうであったかもしれないが、私自身、地元の人がみてどんな反応があるかが気になった。みんな熱心にみてくれた。そして質疑応答もいい感じだった。そのときにわかったのであるが、撮影がされた教会に通っていたことがある男性が何人かいた。

通いはじめたきっかけは「パン」であったかもしれない。しかし、そのうちそうではなく信仰的なものに惹かれていったという意見があげられた。また、べつのある人は、何か生き方を変えるためのきっかけとなるのではないかと通ったが、長くは続かなかったという率直な意見を述べてくれた。

  

どちらの映像にも、1990年代の西成に生きる人びとの素顔が生き生きと写されていた。そして(カメラをまわしているからもちろん姿はでてこないが)彼らと絶妙に絡む20歳前後の山﨑さんもそこにいた。映像の学校の課題として、天王寺界隈を撮影地として作品をつくることになったときに、ほかの学生は動物園などで撮影したが、彼女はそうではなく、西成に生きるおっちゃんの世界を選んだ。

 

西成・釜ヶ崎は、いろいろな面で変化はあるが、おっちゃんの街であるという点は現在も変わっていない。17年前に、ひとりでこの街を訪ねカメラをまわした山崎さんが、いま、ここでその作品を上映し、そしてこの街に住むおっちゃんと自然な感じで対話をしている。一度かかわった土地とこのようなかたちで長く関係をつくっていくことはなかなかできることではない。わたしは、山﨑さんと西成のおっちゃんとの対話の場に立ちあえたことがうれしかった。 お)

 

 

 

 

 

 

 

● 【報告】コラージュやってみよう(7月9日)

昨日(79日)、カマメで、飯沢耕太郎さんを迎えてのコラージュづくりのワークショップがおこなわれた。

開始時間は午後1時からであったが、30分ほど前に到着された飯沢さん。

「こういうのは、見てもらうのが一番いいんだよな。だから先にはじめちゃおうか」と、コラージュづくりを開始。

そのうち参加者も加わり始める。

素材用に、チラシなどをある程度用意してはおいたのだが、「こういうのがいいんだよね」と飯沢さんがとりだしたのが、ひと昔前にはやった分冊の写真百科事典集。へびとかとかげとかいぬとかの写真が大判で載ってる。大きなインパクトある写真や図が多いというのと、印刷の感じがいいのだという。

この日の参加者は8名。

カマメのスペースいっぱいに紙をひろげ、時々会話をはさみながらコラージュづくりをした。コラージュづくりのコツに関する話しの他にも、いろんな会話がとびかった。

「コラージュっていうのは、人間の根源的なものにうったえる何かがあるよね」

「コラージュって日本語でいうと『貼り絵』だな」

「山下清は日本のコラージュ作家と言えるかもしれないな」

 

完成した作品をココルームのおもての壁面に貼りだし、飯沢さんのコメントを聞きながら、みんなで鑑賞した。

 

この日の作品は、しばらくのあいだ貼っておく予定です。

通りかかったらご覧になってください。(お

 

 

 

● それぞれの思い

 かまめの前にある七夕の笹。

いろんな人たちが思いを込めた短冊を吊るしてくれた。

以下、一部ではあるがこっそり紹介。

 

「嗚呼 釜ヶ崎 星が流れて午前二時 恩ある人の名 そっと呼ぶ」

 釜ヶ崎の男のやさしさがにじみでてる。

 

「野辺に咲く花 どんな花 小首かしげて 名も無くて 俺も一人で風の中」

 これも釜ヶ崎らしい。この街の人口のほとんどが単身男性。

 

「恋人がみつかりますように」

60代(推定)男性が語ったセリフ。文字書くのは苦手というので、

代筆してあげた。いくつになってもこういう気持ちは大切。

 

「自分の道を見つけられますように」

最近仕事を辞めた20代女性。あせらずいこう。

 

「紅にいっぱいお客さんが入りますように」

近くにある大衆演劇の劇場では今月は「紅」という劇団が芝居をやっている。

ファンが観劇後に書いてくれたものか。ドサ廻りの芝居のますますの発展を祈念。

 

みんなの願いが届くといいな。

お)

 

 

● 無縁仏の七夕

先日、カマメの前に、笹がたてられた。

また、昨晩より、カマメがある動物園前一番街の商店街のアーケードには、七夕の飾りもつるされている。

そう。もうすぐ7月7日、七夕の日。

 

七夕というと、牽牛星と織女星とが年に一度の逢瀬を許された日とする中国の伝説が知られているが、もともと日本では盆のはじまりの行事であったと考えられている。

明治の暦法の変化により、多くの地域では、七夕が新暦の77日に、いっぽうの盆が新暦815日になったが、それまでは七夕が旧暦の77日、盆が旧暦の715日であり、七夕は盆に戻ってくる死者の霊を迎えるための準備をはじめる日という意味合いをもっていた。

 

七夕に飾られる笹は、死者の霊の依り代であったらしい。死者の霊が、この期間、七夕の笹を目印に、この世に帰ってくるというわけだ。

死霊のなかには、葬式をちゃんとしてもらい、また墓もきちんとつくられた者ももちろんいる。しかし、単身男性が多いこの釜ヶ崎の街では、そうした手続きを必ずしも経ずに無縁仏として死霊の仲間入りをした者も相当数いる。

 

カマメの前にたてられた笹は、大阪で農業を営むつなしま青年がもってきてくれた大きなものだ。これなら無縁の死霊も迷わず戻って来ることができるだろう。

 

 

 「久しぶりに戻って来た釜ヶ崎の街はいかがですか。」

 

 「あいかわらず賑やかでしょう。」

 

 「まあ、たいしたもてなしはできないけど、

  盆の期間、のんびり楽しんでいってください。」

 

 

ひさしぶりに里帰りした彼らにこんな言葉をかけてあげよう。

牽牛と織女の再会もロマンチックでいいけど、この街で無縁仏として亡くなった彼らと交流するのもわるくない。お)

 

 

● 【報告】 原発勉強会vol.6 細胞から分子へ原子へそして宇宙へ

【報告】 原発勉強会vol.6 細胞から分子へ原子へそして宇宙へ

 

ココルームでは、ミュージシャン(夕焼けにゃんにゃんのメンバー)として知られる西本豊氏、またの名をにゃんにゃんせんせい。

にゃんにゃんせんせいには知られざるもうひとつの顔があった。それは、細胞学の専門家。

学生時代に、細胞について研究し、それを応用して癌治療の特許を取ったりもしたという。

 

細胞を学ぶなかで、にゃんにゃんせんせいは、細胞の素晴らしさに気づき、

そして、細胞を構成する分子や原子の世界にも魅せられていった。

原子とは、この世のすべての物質を構成する最小単位のものである。

私たち人間は、食事や呼吸、排泄など日常のあたりまえの行為のなかで、

他の物質や生物と原子のやりとりをしているという。

にゃんにゃんせんせいは、このことを「原子の共有」と呼ぶ。

 

原子の共有の範囲は、この地球のなかのみにとどまるのではなく、

ひろく宇宙全体にもおよぶという。

 

このような事実に、多くの人たちが気づいてくれたなら、

この世界はもっといいものになるのではないかというのが、にゃんにゃんせんせいの主張。

とてもいい話しでした。

最後には、今日の話しの内容をイメージしたギターを弾いてくれました。

お)

 

以下は、参加者の感想です。

 

 

■中学、高校の化学の時間に原子分子を授業で習ったので、

仕組みは理解していたのですが、

「人も宇宙だ」という発想に、なるほどなと思いました。

ビッグバンで作られた原子は何百億年も宇宙をただよって、

私の体の一部になっているんだと考えると、不思議です。

K・H

 

 

■「ニャンニャン先生の講義の感想」

宇宙は原子でできていて

ぼくらは原子を共有していて

ひとりひとりが気持ちいい

世界をつくることを

やりはじめたら

とても良い世界になる

という教えは「ああそうだなあ」

と思いました。

なかなか共有感を

もつことはむずかしいかも

しれないけど

こういう視点ももっておくべき

そうじゃないと世界が

とても閉じたせまいばしょに

感じてしまう。

そうなってほしくない。

(というか今がちょっとそんなカンジなので変わってほしい)

大河原

 

 

■生きてるというのは、本当に不思議なことで、

どこからきてどこへ行くのか、死んだらどうなるのか、

考えてみてもわからないことだらけ。

日々いろんなことがあるけれど、それでもやっぱり

相当大きな目でみれば生きていることは素晴らしい。

そう思うのです。

信じられるものの定義として一つ、限りあるものと思っています。

なので宇宙は信じられないのですが

それでも好きなので そういう なんか 信じられるきっかけとか

もらえるかなぁと思ってのこのこやってきました。

遅くなってしまったし、みなさん声が小さくて

ほとんどききとれませんでしたけど、

いろんな人に会えてよかったです。

CDはもんのすごーく聴いてます。

ライブして下さいよ、ライブ。ライブ!!

ぱろ

 

 

■最初から聞きたかったです、遅れてごめんなさい。

ビッグバンの時から考えると、みんな原子を共有している、というアイデアは

あらためていわれると、ああそうだなあと納得しました。

ウランが何で地球上に埋蔵されていたんだろう、ということや

原子力という発明、技術などということを連想しました。

人間も、あたりまえですが、宇宙の一部。

原子が技術を生み出すことができる一方で、そういう想像ができるのも人間で、

すごいなあと思いました。

福島の子どもたちが少しでも安全にすごすことができるように、祈りたいです。

小手川望

 

 

■無限の宇宙の広さ。

その中で人間という小さな生き物や動物、

ウイルスや放射能、原発と戦っているのを感じた。

松ちゃん

 

 

■宇宙の映像を見ながら

「人間は何やってんのやろ」て考えていた。

沼津広明

 

 

 

 

 

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