かまめのブログ

かまめブログ

● あふれかえる情報よりも ふるえるこえの手触りを

きのうは東京からGOWESTでおなじみのいのせせんせいと

震災のことなどいろいろとみんなで座談する会がありました

震災のこと  ここ大阪でも

ほんとうにことばにならない なんともいいようのないおもいを抱えているひとはほんとうに多く

ココルームやカマメではほんとうにみんな いわれようのないきもちを抱えながら

それでもやってくる いつもとあまり変わらないまいにちの

引き受け方もしらないまま 見た目はいつも通りをよそおって なんとかすごしている

というひともおおい

わたしはまさにそのひとりだとおもう

被災地にいないひと とくに遠くはなれた場所にいるひと は

ほとんどがいつもどおりのくらしで だから 関西のひとは緊迫感ないよね

と言われたり そういう空気を感じることもあるけれど

すくなくともわたしのまわりでは みんなこころをいためていて どうしようもないもどかしいきもちで

まいにちをすごしている

なにもできないことのもどかしさ

いままで自分がしてきたことをふりかえって なにをしてきたのかと思い返しそのふがいなさに立ち尽くしたり

もうほんとうになんともいわれん というきもちになっていて

ずっとそういう状況にいるようにおもわれ

家族が東北や関東にいるひと、知り合いや友人がいる人、よく知る人の実家が東北にあったり

不安も心配もたえない

そうでなくても どこにいたって この先のことを考えたら だれだって不安で心配で

でもまいにちはやってきて ごはんをたべないといけないし しごともあるし やることはある

関東から、きもちをおちつけるために疎開をしてきたひとも

震災後ココルームに来ていて

そのひとの不安なきもち そのひとのはなしをきく側もじつは余裕なんてなくて

でも、きくくらいしかできない

震災をうけて釜ヶ崎のまちでも会議で議題があがった

まずはおもに関東から疎開してくるひとが多くいたためその受け入れについて

会議のなかで

ここは50年間避難民受け入れをしてきたようなまちやから というはなしが出たという

ほんとうにそうだなあ… とみんなで納得をする

いまでこそ生活保護がとりやすくなって、まちはだいぶしずかだけれども

わたしがこちらに来たての2年前でさえ、いまよりもずっと大変な状況だった

 

釜ヶ崎から原発のしごとに出る若者がいたというはなしを数日まえにきく

ことばもでない

おじさんたちの多くは原発のしごとに関わってきた

もちろん、技術的なしごとでなくほんとうに底辺のしごとだ

「おれも原発のしごとにはいってた」こういうはなしも震災があってから、あらためてあっちこっちから聞くようになって

危険な底辺のしごとは いつだってこのまちが支えてきた ということのリアリティと

こういう事態になってなお

このまちのひとが矢面にたちつづける ということ

もうほんとうにことばがない

会のまえに かなよさんの提案でまずみんなでストレッチをした

商店街の道に出て うでを伸ばしたり 腰をまわしたり

ストレッチはいつの間にか太極拳になっていって

みんなで気をあつめてみたりして その気を東北へ送ってみようということになり

みんなであつめた気をもって 空へと手をのばした

なにもならないとわかっているから こころのなかは複雑で なんともいえない

きれいごとではない 現実のきびしさ このまちに来てからたくさん見てきたから

簡単にことばも出せない

 

会ではちゃぶ台を囲んで いのせせんせいがもってきてくれた

仙台にいる、ココルームにも何度も来てくれている常くんからのメールをよみあげるところからはじまり

常くんのおとうさんのメールや、埼玉わらじの会の吉田さん、地震時球場でバイトをしていた学生のメール

ココルームにゆかりのあるひとからせんせいのところに届いたメールを

みんなでまわしてよんだ

事象として、そこになにがあるか、ではなく

そこにいたひとりひとりのひとが

なにを感じたのか

そのふるえるような熱がメールから伝わってくる

 

そのあとにみんなでことばをかわす

 

せんせいから カマメは郵便局のようだ というメールがのちに届く

顔がみえる人の 熱をもったふるえるこえを また別のふるえるこえが届ける

そのふるえるこえの手触りが あふれかえる情報よりも 重要だとおもえる

 

それは ここでずっと考えてきたこと だったとおもう

ここでは、そういうふるえを伝えるためにはたらいてきた

 

いのせせんせいから

みんなでよみあげた宮城にいる常くんの文章

http://blogs.dion.ne.jp/coppe/archives/10044446.html

常くんのおとうさんのホームページから みんなでよみあげた文章

http://www.omokawa.com/text/index.html

 

猪瀬せんせいと語る会 看板とさくら

 

text:まい

● 3月句会の句

つい先ほど、みんなで3月の句会を行いました。

今日は参加者すくなく、ちょっと寂しい句会でしたが、

それぞれに春を思った句ができました。

句題は、長閑(のどか)、耕、燕、などでした。

 

 

●まいせん

ベランダの シーツもにこにこ のどかな日

原っぱで あかちゃんごろんちょ のどかだな

 

●みさ

北国に 春よこいこい 来てくれよ

 

●わむ 

宙を舞う 燕が誘う 野にいでよ

タンポポの 今年も見つけて あの路地に

長閑なる せせらぎ響く おらが村

 

●ゆう

さぁゆこう 何度も耕す この土地を

待ちに待ち 「つばめ」が九州 走りぬく

 

●心登 

今一度 俺の人生 耕した

釜の日々 つばめがとんで 俺ライブ

のどかな日 還暦ライブ 友の顔

おばはんも きれいに見える おぼろ月

 

●ヨミビトシラズ 

沈黙の 春を切り裂け 燕飛べ

 

●かなよ 

地震津波と原発と 人のいのちの 春の川

空映す こころぽかりと 春の水

姫君の 声になりて黒く たにしたち

 

●アバヨ 

春の空 夏待ちどうしい 燕かな

天高く 黒白の影 燕あり

● 今日から公演、本番つづき

 

今日は朝からばたばたと、ひとり店番をする。

目玉焼きやトーストを焼いて、ミックスジュースやチャイをつくる。

明日からの公演のための布を探しに商店街を歩き、

昼食を食べ、着物を着て、地震関連のミーティングをして、

のぼるさんのライブの看板を書かせてもらって、

いくつか伝書鳩をしたり、ワークショップを覗いたりしているうちに

すっかり夜。

 

のぼるさんの還暦ライブを聞きに難波屋さんへ。

うたをうたうことや、言葉にすること、

行動を起こしているのぼるさんへの、

まわりのみんなの思いを感じる、あついライブ。

 

夜お店に戻って、

夕方に演劇のワークショップに参加していたおじさんから聞いた言葉を思い出す。

「演技してる時の方が、ふとした瞬間に相手の本性がよく見えるわ。

お見合いの時にもみんな、お見合いの演技をすればいい。」

そんなことあるんかなーと言って、スタッフ同士で演技をして向き合ってみる。

発見は、相手の目を見やすくなったこと。

それから、相手を疑ったり探ったりする必要がなくなるということ。

最初っから演技だと思ってるから。

そして、そんな時には逆に、あ、ここは咄嗟に出たこの人の素の部分だ、

というところが引き立つのかも。

 

そう、さまざまなワークショップが、

今週のはじめから重ねられていますが、こちら明日、明後日が本番なのです。

明日14時からはマルガサリのガムランとSHINGO★西成さんのステージ、

明後日は、ボローニャのホームレス支援団体から生まれた劇団と

釜ヶ崎の人々とが共に作り上げた仮面劇。そしてシンポジウム。

詳しくはこちらご覧ください↓

アート&アクセス第三回シンポジウム・公演 アートと社会包摂

http://bit.ly/gJC76H

こちらもかなり熱が入っています。

ステージ上でどんなものが練り上げられるのか、乞うご期待です。

 

裕子

● 地続きに

 

今日はカマメにて、文字起こしの作業。

えんがわ相談会の企画で来てくださっていた伊田広行さんの回のもの。

伊田さんは、社会の基本の単位を、

「家族」ではなく「ひとり」にしよう、と言っていて、

すべての人が結婚して家族を持てると想定して制度を作るのではなく、

また、すべての問題を閉じられた家族に任せるのではなく、

みんなで分け持とうと言っていて、とても興味深い。

 

そういえば、わたしが2006年から関わっている

あーだ・こーだ・けーだ」という取手のアートプロジェクトの

メーリングリストが今も機能している。

国内外に散らばっているメンバーから、地震後、うちへどうぞ!という声や、

それぞれの地域から見た現状についての言葉などが次々と入っている。

家族以外の、こんなネットワークがあることは、本当に心強いことだと思う。

「大人になることは、頼れる人を様々なところに作ること」という、

どこかで聞いた言葉にも通じるなぁと思う。

 

地震に関して、何ができるか考える日々が続く中、今日は、

宮城で急いで避難をして助かったという方がお土産を持ってお店に帰って来てくれたり、

関東から一時的に避難をと大阪に来て、たまたまお店に入ってくれたという方がいたり、

目の前にいるその人から、彼らの目の前にあった地震の話を聞く機会があった。


TVやツイッターなどから様々な情報を目にしすぎ、

今どのような言葉を発することができるのかと、何を恐れているのか、慎重になってしまう。

ただ今は、わたしがすぐにできることがほとんど何もないということを見つめながら、

すでに必要とわかってきたいくつかのことに、どうにか向き合うほかない。

 

裕子

 

● 明日はえんがわフォーラムの日

2月25日、カマメではしょうゆさんがスプーンパーカッションの練習。
そして明日はえんがわフォーラムの日ということでみんなでポスターの絵を描きました。

そのえんがわにはひなまつりのおひなさま。

● 2月ぼうし句会の句

今日は二月の句会でした。

昨日シンシアさんのワークショップで作った

色とりどりの帽子をかぶって、いつの間にやら、帽子句会となりました。

めっちゃ派手な羽やら何やらが垂れる帽子をかぶった俳句先生が、

真面目に俳句のことを教えてくれるというすてきな一場面もありました。

しかも今日は、おおがわらさんのユーストリームの日!

全世界に生中継されてしまいました。

 

 

さて、今回の句題は、水菜、残雪、冴え返る、猫の恋、などでした。

 

●わむ

猫の恋 ほほえましくも コンチクショウ

残雪の 種蒔き爺さん こんにちは

初牛の 幡を数える 散歩道

 

●心登

農園に 訪れし日の 残雪か

釜の夜 懐さみし 冴え返る

水菜鍋 酒がほしいな この俺は

 

●そゐ

ふゆ大根 人参水菜 二月のサラダ

残雪よ 二月生まれの わたしです

とけのこる 雪だるまの いとおしさ

 

●大河原

シャキシャキの 水菜とびこむ 鍋の音

 

●舞泉

残雪を ふむ足向かう 窓のともし火

残雪に 残る足あと どこへ行く

せきが出て まどをあけたら 冴え返る

 

●ゆう

はりはりと 水菜だいこん よく合うね

 

● 工作の日


工作の日しょにち, originally uploaded by kamame.

2月3月の月曜日は、工作の日になりました。
寒い日が続いていますが、カマメのドアを開け放ち、
もくもくと、工作をしています。

この日は、この、「工作の日」の看板をつくったり、
奥の四畳半のスペースを真っ白に塗ってみたりの日だったようです。
(カマメにまさかのホワイトキューブ誕生です!)

次回はひな人形を作るかも?

裕子

● 修復的正義という言葉をみんなで勉強してみました

 

2月17日にカマメで行われるシンシアさんの帽子づくりのワークショップは、

「修復的正義」という考えに基づいているそうで、

その前に、修復的司法っていったい何?というのをみんなで勉強しよう

ということで、8日、カマメで勉強会が開かれました。

 

くまもとさんが、レジュメや動画など、しっかり準備をしてきてくださいました。

私もここで上手に言えるかわからないのですが、、

 

修復的正義というのは犯罪や問題のとらえ方のひとつで、

これまで、事件が起こると、それは国に対する違法とみなされて、

国から刑罰が下る、というのが当たり前だったけれど、

そうではなくて、人間関係に対する問題ととらえて、

 

加害者と被害者とその周りの人々とで、

難しいかもしれないけれど、話をしてお互いを理解して、

問題解決の方法を、自分たちでみつけよう、ということみたいです。

 

いただいた資料をみんなで、順に声に出して読んでみました。

印象的な部分を、自分にわかりやすい言葉にして抜き出します。

 

 

・加害者の社会からの疎外感は、法的な過程や刑務所での経験によって、さらに強まってしまう

・加害者は、人生の中で必ずなんらかの被害をおっている。もし、本当に事件の事を知りたいのなら、加害者が人生で経験した被害を知ること。

 

・大切なのは、その事件について、言葉で聞き、自分でも言葉にして認めること

・自分の物語を繰り返し語ることが、被害経験の苦しみを越えることにつながる

 

・多くの文化が、「一人への害はすべての人への害」という意味のことわざを持っている

・修復的正義は北米のネイティブアメリカン、ニュージーランドのマオリ等先住民族による古来の問題解決法にヒントを得ている、だから古くて新しい

 

 

それで、釜ヶ崎はどうだろう、と、みんなで色々と考えてみる。

「確かに、釜ヶ崎では、警察に頼る前に、話し合ってどうにかしよう、ということが多い」

「国のルールではなく、店ごとのルールを決めていたりする」

 

司法の現場や教育の現場で、修復的アートをテーマに、

みんなで輪になって一緒に帽子を作る、ということをすすめているシンシアさん。

まいちゃんが、「いつもカマメでやっていることみたい。」と言う。

 

確かに、カマメでは、被害者/加害者という風にきっぱり別れている訳ではないけれど、

社会的な構造の中では強者と弱者と言われてしまうような人々や

あまり器用でない人たちが、日々ちょっと衝突したことを気にかけながら、

いつの間にか、何かの創作や作業を一緒にしている状況がある。

 

「ただ、話し合うなんてとっても難しい、という場合も多いだろう」とみんな。

顔をあわせて、よけいに関係がこじれてしまうことも、決裂してしまうこともあるだろう。

シンシアさんは、どんな手法や思いを持って、そのワークを進めているのだろう、と。

 

シンシアさんに聞いてみたい疑問がうまれて、

17日のワークショップのための下準備ばっちり、というところです。

17日の帽子作りワークショップについてはこちら↓

http://www.cocoroom.org/event/index.html

 

資料も、一人で読んだらきっと理解できない部分も多かっただろうけど、

声に出して、ちょっとずつ、そこにいる皆と話して確かめあったら、

本の中のきれいごとではなく、

自分のいまいる、ここにつながった感じがしました。

読みたいのに読めていない難しい本、カマメに持って来てみんなと読んでみたいな。

 

 

裕子

● ココルーム、カマメの様子を映像で

サイレントリンケージのサイトにココルームとカマンメディアセンターを取材した2つの映像がアップされていますのでここでご紹介します。(画像をクリックすると、映像の載ったページが開きます。)

※サイレントリンケージは、全国のさまざまなこういう活動のアーカイブを映像で行うことを目的としたプロジェクト

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ココルーム
この場所はですね、大阪の西成区の地図にはないんですが釜ヶ崎と言われるとことになります。釜ヶ崎は、日本でも3つの大きな寄せばというのがありますが、その中でも一番大きな寄せばです(0:09)
(…つづきはこちらをご覧ください【SILENT LINKAGE】)

COCOROOM

 

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カマン!メディアセンター
みんながおしゃべりを始める状況をメディアと捉えてやっていこうというのが、このメディアセンター自体のコンセプトでもあり、ここで捉えているメディアというのがそういうものなんですね。で、それに近いものとして、やっぱり表現っていうものもあってですね、ただ…
(…つづきはこちらをご覧ください【SILENT LINKAGE】)

COCOROOM

● 大事な時間が、ある一年になりますよう

あけましておめでとうございます

昨年はさまざまな方に大変、大変おせわになりました

今年ももしよろしければ これにこりず どうぞよろしくおねがいします!

 

さて

今年は、、といって振り返るにむずかしいほど

どこでどう区切ってじかんを思いかえせばよいやら…という感じでドタバタとはしってきたカマメ

現場の状況は、めまぐるしくかわりながら、かわらないおじさんたちとのお付き合いにつかれながら

かわれない自分にむけあえなかったり

関係性となまいきに言ってみたけれど、それをあむことのむずかしさしんどさ

そんな中でも、どうしようもないくらいすてきな瞬間や、心揺さぶられる出会いや出来事があり

2010年きのう、年を越す前にも、そういう大事な時間をもつことができたし

きょう2011年早々に、また大事な時間をもつことができました

さまざまに、なやみながら、まよいながら、ごちゃごちゃになりながら でも

真摯にかかわってくれるたくさんの人にめぐまれた時間です

だれのもとにも

大事な時間が、ある一年になりますよう

ひさしぶりに、釜凹バンドの練習の音がカマメからきこえる中で

おひるね中の岡本さんのいびきもきこえる中で 

集合写真

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