かまめブログ

● ふつうの人がふつうに映っている映像

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本日のてれれ上映会のようす

じつは今回はじめて、初めからさいごまで 途切れることなくてれれをしっかりみた

いままでは、だいたいバタバタしていて、準備はするものの

落ち着いて映像をみることができなかったので

感想は こんなに長時間 「ふつうの人」がひたすら出てくる

さまざまな映像を見たのははじめてだなあ ということ

そういえば ふつうの人 はふつう あまりテレビに映らない 映画にも映らない

映るのは テレビに映るための訓練を受けた人

そしてテレビ的に加工された映像

そのどれともちがう ふつう の映像になんだかとてもきもちが落ち着く

ひとつひとつの作品がどうだった というよりも

この時間のスパンで こういう映像にふれていたという

その全体の大きな流れに

なんとなく 落ち着けた のだとおもう

感覚的に ああ いいなあ とおもう

素人の映像はだめだ とか 質が低いとか

見ていられないという意見はもちろんあるけれど

もしかしたら わたしたちは普段あまりに しっかり加工されたもの 訓練を受けたもの ちゃんとしているもの

に慣れすぎていて こういう ふつう をびっくりしてはじめは受付られないのかもなあ

とおもう 

そういう身体になってしまっているのかなあ とおもう

● 直感

 

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きょうはのぼるさんが、カマメの棚を動かしてくれて、だいぶ雰囲気が広くなり

いいかんじのカマメ

しかし、この機会にと思って出てきた資料の整理やら何やらをしだしたら

止まらなくなり

お部屋整理の日になる

夜にはこんど、レジデンスに来るコマドリ社とカマメディレクターアサダさんと一緒にスカイプ会議

コマドリ社の滞在中のテーマは「釜ヶ崎とアートと健康」だそう

なんの脈絡もないように見えるこのテーマ

なんだかすべてがタイムリーで それでいて意外と切実なもので

アーティストと言われる人の直感というのは

意図している、していないにかかわらず

こういうものなのだなあ とおもう

アーティストがもつ直観が社会に対してなにかしていくことができるのでは

といっていたかなよさんのことば たしかにそうだなあ とおもう

コマドリ社は自称 アーティストですが もはやアーティストになってしまった とおもう 

 

そのほかに、コマドリ社の家業であるにがおえもできないか ということになり

ともかくアサダさんに「世界最速」と言われる、コマドリ社の安くて速くて似ていないにがおえを披露

スカイプの映像ではとらえきれないコマドリ社の最速の動きが

ブレブレでこちらに映し出され 笑いが絶えない

描くのは最速でも

描くまでの準備にもたついてやたら時間がかかるので

この速さはあまり意味をもたないということも判明

ちょうどそこに、常連おじさんあんどうさんがカマメに入ってきたので

あんどうさんもにがおえを描いてもらうことにする

コマドリ社の最速のにがおえにあんどうさんもよろこんで

おかえしににがおえを描いてあげたら という提案に

いつもほど抵抗もせず応じて PCに向かってもくもくとにがおえを描く

すてきな コマドリ社のにがおえができました

スカイプ越しのにがおえってなかなかいいね ということがわかった

その後は、アサダさんと今後のことについていろいろはなしをし

遅くに帰ろうとしたら、またスカイプ電話の着信

今度は前回の4畳半滞在者 中川くんからの連絡

なんだかいろんな国に旅行に行ってきたという中川くんは世界でカマン!ラジオの宣伝をしてくれたそう

そんな中川くんとお互いに近況報告し合い 

また、近々カマメに顔を出してくれるとのこと

そんなスカイプ日和の1日でした 

コマドリ社のブログ*こまどりのすばこhttp://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=madorikomadori31

 コマドリ会議 安藤さん にがおえ描く②.JPG

コマちゃんとカマンくん.JPGのサムネール画像

● もう少ししっかりしたいものだなあ 

きょうも出勤時、自転車同士でぶつかってしまい

またも満身創痍で出勤

なんだかいやだなあ とおもいながら

ひるすぎ

東京よりきのうから来ている明学生の両角ちひろさんとまちあるき

お2階に越してきた、レオさんに原稿(のような落書きのようなもの)を依頼したり

プリントアウトを頼まれた映画の情報がおもしろそうで話しを聞いたり

事務をしたり 事務をしたり

ちひろちゃんに事務を頼んだり

そして白金で2月7日に行った

「こころのたねとして@白金」の報告をちひろちゃんとしました

バタバタでわたしひとりだったもので、写真もとれず

後悔

のぼるさんがおっちゃん通信に日記をつけてくれています

そんなこんなでバタバタしていたら

ちひろちゃんよまわりに行くはずの時間をすぎてしまい

のぼるさんと、つなしま野菜のつなしまさんがちひろさんをいつものココルームよまわりのコースでよければと

あめちゃん配りに連れて行ってくれる

報告をきくと野宿されていた人の数はまたぐっと減っていた

その後はおっちゃんPCの故障を心配したremoの櫻田さんが

おじさんブログたのしみにしているし、見たいから と駆けつけてくれ

遅いのにおっちゃんPCの調子を見てくださって

PCは調子を取り戻し

最中こころのたねとして@白金の報告に感化されたおじさんから

深夜に長々と電話が来 なんとか対応し

また、残務をし いやはや 助けがなければどうにもならないこの場もじぶんも

もう少ししっかりしたいものだなあ と思いながら 帰ります

● 世界について 考える 自分についても 考える

今日は大阪市立大学へ

アジアアートマネジメント会議へおじゃましてきました

行くときに急いでいたら、大学前の踏み切りで思いっきりころび

満身創痍で光が差し込むきれいな会場へ

アジアと西欧

アートと政治

国家と地域

伝統と現在の文化

釜ヶ崎のまちを離れで 出会ういろんなこと いろんな話

うーん となる

今の自分では処理しきれないことだらけ

でも行って来てよかった と思いました

もんもんと考え

進んだ国と進んでいない国?

昔の日本を見ているよう とか

昔のイギリスを見ているよう と 言うけれど (自分も使っていたけれど)

そもそも文化が違うし歴史が違う制度も政治も抱えている課題も違うので、この

昔のどこそこの国を見ているよう という表現は 安易かなあ と思ったり

それは進んでいる国の遅れていたころを見ているよう という表現になってしまわないか

そこで言われる「昔」が 進んでいく先は イギリス や 日本 なのだ ということを

表現してしまっていないか と気になり

一言で 「あの国の昔のよう」 と言ってしまえるか と考える

確かに制度や、スキル、ノウハウ、知恵、知識を共有することは大切だけれど

切り取って貼り付けできるほど

こういうことって簡単ではないのだろう と

丁寧に見て考えて対話して地に足付けて言説つんで… ということなんだと思う

そういうことをする組織とか役割とか必要なんだろうなあ と思う 

少し話を聞いたくらいでわかることなんてないなあ と思う

しかしわたしはわたしで

わたしの年齢とか経験とか立場とかで これからしていくこと できること やるべきこと

しっかり考えないといけないなあ と思う

 

夜帰ってきたら、酔ったおじさんが道でコップを割ったり

何度も何度も酔ったおじさんから電話がかかってきたり

何度も何度もいろんなおじさんが、カマメのドアを開けて

はなしをしたり、ときには上がってきてみたり

テンションがいつもと違って とても疲れ きょうははやく帰るぞ!

と言ってみても この時間…

今日の会議後の懇親会で

この状況を見かねて 築港ARCの蛇谷さんが 手伝うよ!と言ってくれ

若い人が来れるようにしたい という話なんかもできて

良かったなあ とおもう

● ブータンとはどんな国だろう

きょうは色のおじさんこと北さんが、せっせとカマメのPCにスキャンが簡単にできるソフトを入れてくれる

スキャンするのが大変だとかめんどうだとか ぐだぐだ言って 

絵を描く会で描いた絵の取り込み 北さんやってよ~ と言っていたところ

ソフトをもってきてくれた

今度は夜に別のおじさんが

自分でつくったココルームイベントのチラシを

夕方に北さんが入れてくれたソフトの使い方を覚えて、スキャンしてくれた

おじさんとおじさんの連携プレイ

すばらしい

夕方から、インドネシア、ブータンなど海外からのお客さんが来られまちあるき

まちをゆっくりあるく

ずいぶんいろいろなものがなくなっていって 殺風景になっていくまち

ほんとうにここ数カ月でがらっとまちのようすが変わっていっている スピードについていけない

なすすべもなく どうしたもんか… と立ち尽くすだけ

えらそうなことを言っても 実際なにもできない 本当に無力で

バタバタでカマメにこもることも多く いろいろなことができなくて

しかし もうすこし地に足付けてまちを見たいし、まちにつながりたい とおもうこのごろ

ブータンからのお客さんがまちあるき中、思わず

「あなたがここにはたらきに来たのはなぜですか?」と 質問をされる

きっとずっとふしぎだなあ と気になりながら、わたしの後についてきてくれていたのだと思ったので

団体さんのまちあるきではあまりしないのですが 時間をとって

 それはね… とはなしをする三角公園シェルター前

話を聞いてくれるその方の笑顔がすてきだった ブータンとはどんな国だろう… と想いを馳せる

最近アジアにとても興味があり

明日は、今日まちあるきをしたアジア各国のみなさんそれぞれの取り組みの発表を聞くことができる

とてもたのしみ

 

おじさんがつくってスキャンまでしてくれた春色のチラシ いつもデザインが斬新なんだよなあ

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● 釜凹バンド 新聞記事

最近のっている釜凹バンドの記事です
【朝日新聞】マイタウン > 大阪 - 2010.03.04
あいりん地区のオレの生き様歌うぜっ
http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001003040002

大阪市西成区のあいりん地区(釜ケ崎)に集まる日雇い労働者の
暮らしを歌うバンドが結成された。仕事にあぶれて酒に飲まれる日
々や、それでも前向きに生きようとする姿をつづる歌詞を、日雇い
労働を経験した人たちが歌謡曲調のメロディーにのせ、叫ぶ。
西成区の福祉施設につとめる碩(せき)義三さん(58)が、知
人らに呼びかけて昨夏に結成した。バンド名は「釜凹(かまぼこ)
バンド」。釜ケ崎で凸凹の人生を歩むメンバーでつくるバンドとい
う意味だ。
レパートリーの8曲はすべて碩さんが作詞し、音楽経験のあるメ
ンバーが曲をつけた。8人いるメンバーには、大阪市大の大学院生
やライブハウスのオーナーのほか、日雇い労働に30年以上携わっ
た人、生活保護を受けている人もいる。
ボーカルの1人、井上登さん(58)。15歳のとき、岡山県高
梁市から大工の見習いに大阪へ。たびたび仕事を変え、20歳で釜
ケ崎に流れ着いた。土木作業員などの日雇い労働を続けるなか、釜
ケ崎で知り合った女性と結婚した。
♪男の子が生まれた/可愛くてたまらんかった/4歳の子どもを
残して/おまえはガンで死によった/涙も出えへんかった
井上さんの半生をつづった曲「二人の人生」。自暴自棄で朝から
酒に浸るようになった井上さんは、3年前、知人の紹介で大工の仕
事に就き、自分を取り戻した。いまは、一度は離れていった長男
(27)と釜ケ崎の小さなアパートで暮らす。碩さんに誘われ、
「弱い自分を変えたい」とバンドに加わった。曲は続く。
♪いろいろ言う人もおるけど/釜で暮らしてよかった(中略)い
つもおまえと一緒やった
バンドは月に数回、釜ケ崎の簡易宿泊所街の空き店舗に設置され
たスペース「西成プラザ」で練習する。昨夏以降、釜ケ崎での夏祭
りや神戸大での学園祭でライブを実施。先月17日の夜には、大阪
市中央区のイベントスペースで初めての単独ライブを行った。井上
さんはマイクを握り、「このバンドはうまいことはないが、自分の
ことを歌っていて味がある。思いを込めて歌う」とあいさつした。
このライブの最後を飾ったのは、碩さんが最初に詞をかいた「釜
のブルース」。10番までの歌詞に、腰を痛めて仕事にあぶれた人
や、酒を飲んで愚痴ばかり言ったりする人の人生を盛り込み、10
番は彼らに向けたメッセージとした。
♪明日になったらな/おれも何かしようと思うねん/何でもええ
んや/誰か喜んでくれる/そんなことおれにも/できるんやな
いかとな
集まった観客30人には、作業着姿の日雇い労働者の姿もあった。
ライブが終わると、大きな拍手が会場に響いた。

● 事務事務事務事務事務事務...

事務事務事務の日

なにごとも事務にはじまり 事務に終わる

派手なしごとなんてそうはない

表面にあがって

光が当たるのは物事のほんの一部分

その下には膨大な量の下支えのしごと

そうしてものごとはまわっていく まわっている

下を支えている膨大なものをちゃんと感じて ちゃんと見て

そこに敬意を払えるようにありたい とおもう

先ほど、おっちゃんブログを更新してくれているのぼるさんから連絡があって

パソコンの調子が悪いそう

明日、PCの確認をしますがおっちゃんブログの更新しばしおまちください

● やってみてはじめてわかる人のきもち

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こどもにもどって絵を描こう会

前日から明日人が来るかなあ とそわそわしていた 企画者のおじさんですが

たまたま居合わせた人と絵を描くことができて 裏のおうちのおこさんもいっしょになったり

とてもたのしい会でした

おじさんが、今日はスポイトで絵の具をすってたらすというのはどうだろう… と

何日か前に提案してくれ 道具も全部そろえてきてくれて それをしてみました

いつもと違う道具をつかうのはたのしくて わたしはせっせと看板づくり

途中よっぱらった人がはいってきて 傍若無人な態度で好き勝手話しをしていく

がんばって企画したおじさんは

ふつうこんなことないけどな、腹立ったわ~ こっちはまじめにやっとんのに… という

しかし、ふだんはこのおじさんも

よっぱらって、こちらがまじめにやっている会の中で勝手なことばかりしゃべったりしている

やってみてはじめてわかる人のきもち

当たり前だけれど そういうものだなあ

わたしも自分を振り返って反省したりしてみる

 

IMG_6230.JPGのサムネール画像   IMG_6225.JPGのサムネール画像

● 手仕事

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先日の山王こどもセンターでのワークでつくった作品

特製のがくぶちをのぼるさんがつくってくれました

ひとつ、ひとつ 布の大きさはランダムでバラバラ でも額縁はぴったりのかたち

ひとつ、ひとつ測ってそれに合わせてつくってくれた

表現は表現されただけでは 作品 にはならない

作品化するプロセスをここではおじさんたちが

大工 という自分のしごとの技術をもって 自主的に育ててくれることがよくある

ほんとうにうれしく ありがたいことだなあ とおもう

夜は雨降る中

かなよさん、のぼるさんとともにremoにイベントを見に行く

会場大きなスクリーンに2つ映し出されていた映像は 「しごとをする手」

そして低音で鳴り響く弦楽器の音

大阪北加賀谷工業地帯でのしごとをする手の映像 その他の地域でのしごとをする手の映像

しごとをする手は見ていてまったく飽きない

手と道具が動く

切り、削り、彫り、塗り、掘り、削ぎ、曲げる…

それら手と道具がつくりだす動きは本当に美しくて

変だけれど アートだ と思った

アートとか芸術とか伝統文化とか そういわれて囲いこまれているもの

その外の日常の しごとの中に こんなに美しい動きがあふれている

そしてその美しい しごとをする手 がだんだんと消えていっている

これを撮りたい と純粋におもったフィルさんのきもちがよくわかる

のぼるさんの手仕事ももちろんアートだ

● 春の陽気 あしたは雨だそう

きょうはもと南方人権文化センターへ今度のイベントの企画の打ち合わせへ

OCA!シンポジウムでばたたばたの中

舞台を支えていただいたぶかんの古谷さんと2人新大阪から春の陽気の中を歩く

シンポジウムのときは本当に助けていただいて、丸2日ちかくずっといっしょにしごとをしていたので

なんだか2回目のしごとと思えない

ほんとうに春の陽気で 歩くと汗だく

ココルームに帰るとおじさんたちがわらわらメニュー板をつくっていた

アート?なメニュー板

ココルームにはきょうはいろいろなお客さんが来たようで

この時間にも道のお客さんにやかっているお客さんがいる

人が怖がる顔や嫌がる顔、怒った顔を見たくて わざとどなったり、やかったりしている人がいる

周りにとっても その人にとっても しんどいことだとおもう

ほんとうにそんな関わり方がしたいんだろうか 別の関わり方があるはずなのだけれど

ちかごろ(大きな)メディアの対応やあり方について、考えさせられることがあり

メディアというのは媒介とか仲介とか、間に立つもののことを言うということを先日教わり

間にたつもの というのは実は一番大変かつ重要なんだろうなあ とおもう

間にたつものの立ち方によってものごとって大きく変わる そのとり結びかたをいかに丁寧にするか

いま一般にいわれているメディアって 固定化されていて 

多くのメディアが それ自体、自分でさまざまに考えたり

状況に応じて判断したりしながら関係をとり結んでいくものではないなあ とおもう

ただシステムだけをもって じつは そこでされているのは仲介や媒介ではなく支配だったり

誘導だったり、自己や力のある少数、もしくは声をもつ多数の満足のためだったりするよなあ

とおもったりする ああ

おっちゃんニュースの天気予報が あすは一日雨だと告げていた

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