日記 - 本日のかまめ!の記事

● ココルームメニュー少し新しくなりました

暑い日が続いていますね。

ココルームのメニューも少しあたらしくなりました。

この季節においしい自家製のしそジュースも登場。

13時、19時ごろに来ていただけたら、

お客さんとスタッフみんなで食卓を囲むこともできます。

(いろいろ変更もあるので要確認ではありますが…!)

みなさんぜひきてくださいね。おまちしています。ゆ

ココルームメニュー1 ココルームメニュー2

● 巡礼としての街歩き

先日の土曜日、釜ヶ崎のまち再生フォーラムが実施する街歩きに参加した。

ココルームでも街歩きをしているが、同じ釜ヶ崎を案内するにしても、実施する団体や担当する個人によって街歩きの色合いが違っているのがおもしろい。

 

再生フォーラムの街歩きでは、釜ヶ崎の社会的な課題が焦点。

あいりんセンター、社会医療センター、野宿者の無料宿泊所のシェルター、キリスト教系の施設ふるさとの家、運動の拠点であり続けた三角公園、福祉マンションなどをじっくり歩いた。

福祉マンションを訪ねた時には、そこの居住者にお話しを語ってもらったりもした。

他の参加者もそうであろうが、私自身も勉強になった。この街の数十年の労働者の歴史を感じることができた。

 

所要時間わずか1~2時間ではあるが、街歩きとは、旅、あるいは巡礼のようなものだと思う。日常から離れて霊地・聖地を参詣して巡ること。それが巡礼だ。

この街には、聖地がけっこうある。

寺社仏閣だけが聖地ではない。個人にとって、意味のある物語が付随する場所、あるいは特に思い入れのある場所、それらはみな聖地であると考えたい。

 

たとえば、あいりんセンター、三角公園、ふるさとの家などは、この街の労働者と野宿者の聖地であるといってよいだろう。またココルームが位置する西成区山王は、かつて芸人たちの暮らす街「てんのじ村」として知られたが、この街は芸能の聖地であると考えることもできる。

 

またこの街は、70年代に一世を風靡したストリッパー一条さゆりが晩年を過ごしたことも一部では知られている。一条さゆりに思いを寄せるものにとっては、彼女が住んだ部屋があるうすよごれたビルだってある意味聖地となりうる。

 

この街の聖地をめぐる巡礼としての街歩き。

みなさんも一度参加してみませんか。

 

● ご近所の芸能

 

最近、芸能づいている。

芸能といっても、大衆芸能および民俗芸能など。

芸能についての話し聞くことや、会話をしたり、そして実際に触れたりする機会が多い。

ココルームがある西成区山王という街じたいが、かつては〈てんのじ村〉と呼ばれ、

芸人さんたちがいっぱい住む場所であった。近くには、「上方芸能発祥之地」と刻まれた記念碑なんかも建てられている。

だから、もともとこの街は芸能ときわめてゆかりが深い土地である。

 

新世界の朝日演劇資料館に行ったことは先日のブログで紹介したが、

その翌日の618日(土)には、オーエス劇場に行ってきた。

昭和20年代にできたこの大衆演劇の劇場は、浪曲劇場、映画館などを経て、

再び大衆演劇の劇場として継続してきた。

客席数は200余り、左手の花道の横には桟敷席もある。

この日は、三分の一程度の客席がうまっている。

話しを聞くと、平日のほうがもっと客の入りはよいとのこと。

家庭持ちの主婦のお客さんが多いからだそう。

 

澤村慎太郎座長率いる劇団紀伊国屋による演目を観た。

第一部は、座員の紹介を兼ねた、それぞれの踊り。

第二部は、時代劇。この日は、母と息子の再会をテーマとした芝居。

すこし目頭が熱くなった。

そして、幕間に前売りチケットの販売を兼ねたトーク。

入場料1300円のところ、1000円で販売。

これがけっこう売れる。割引販売が目当てというより、ひいきの役者さんを応援したいという気持ちが強いようだ。

こうした熱心なファンによって、大衆演劇は支えられていることを実感。

最後は、再び歌と踊りのショー。

ぜんたいで、2時間半くらい。

なかなか見ごたえのある内容である。

 

これからも機会をつくって、近所の芸能をたのしみたい。

 

 

 

● 【報告】原発勉強会vol.4 どうしたら、社会は変るのか ~ 運動 という視点から~(6月18日)

 

この日の勉強会は、急遽、コーディネーターの山田氏が参加できなくなったため、輪読会の形式ですすめました。「誰もがそれなりに働いて、生きがいをもてる社会の実現を」(山田實、2009『誰も切らない、分けない経済-時代を変える社会的企業』共生型経済推進フォーラム編、同時代社発行)をみんなで音読し、そして気になったところや疑問に思ったことを出しあい、その後ディスカッションしました。

私自身は、原発の問題をちゃんと考えるためには、いまの企業の論理(=資本の論理)で動いている社会のあり方から見直す必要があるという点を、みんなと話し合うことができ、有意義でした。またこうした勉強会を釜ヶ崎で開き、そして釜ヶ崎から発信していくことの意義も再確認できた時間でもありました。参加くださったみなさま、ありがとうございました。(お

以下は参加者の感想の一部です。 

 

■木村さん

知らないということの恐ろしさを今回は本当に痛感してます。

放射能の影響による身体への被害の大きさとか、札幌の周辺の同世代の女の子たちは知らなすぎます。知る機会がないということも問題だけど、当事者としての意識を持てない程、与えられた状況に満足していることが怖くて仕方ないです。

情報格差の話もありましたが、地元(茨城)のホウレンソウを出荷規制時期にインフォーマルな場(市場に出ない場)で売っているおばちゃん達がいました。「うちのは大丈夫」って言っていました。知らないことの怖さ、大丈夫だと伝えている人たちに対しては、一緒に学んでいくことしかできないんだろーなーと、今日も思いました。

※社会教育学を勉強している木村さんは、北海道から来てくれました。

 

 

■松ちゃん

原発は我々一人ひとりがかかわっている重大な問題。

もっと深く原発を考えていきたいです。

 

 

■よどがわさん

「生きがいをもてる社会の実現」→原発にどうつながるのかと思いましたが、濃い話が聞けました。原発で働く人たちのことや、原発がある日本で暮らすことを忘れかけてましたが。

 

 

■吉田さん

色々と話しあえてよかったです。

もう少しつっこんだ部分で色々な意見なりアイデアが出てくると、もっとおもしろく話しあえるんじゃないかと思いました。

 

 

 

● 朝日芸術資料館、そして銭湯へ

今日は新世界の大衆演劇場・朝日劇場の資料館と銭湯へ。

ココルームから出発をして、動物園前商店街を抜けるたったの200メートルほどのあいだに、すでに何人もの人に出会い、挨拶を交わす。こんなにひとりにさせてくれない街の中で、毎日のように、孤独に亡くなってゆく人もいるんだよな、と思う。

横断歩道を渡り、じゃんじゃん横町に入る。じゃんじゃん横町は、狭い通りの両側に串カツ屋や囲碁将棋場などがひしめく通り。昔はとても暗い通りだったという。その通りの一部に、これまでの新世界の様子を記録した写真などが展示されている。いしかわさんは写真を見ているのか見ていないのかよくわからないけれど、その中で確実に写真の中の住之江ボート場を見つけたりするのでびっくりだ。

地図もあり、それを見ていると、新世界にはその昔、たくさんの大衆劇場があったり、ルナパークという遊園地があったり、ゴンドラのようなものがあったり、本当に「新世界」だったのだな、ということがわかる。大変な賑わいだったに違いない。

おかやまさんも加わって、朝日劇場資料館へ入る。中には、これまでの公演やスターの顔看板などが展示されている。スターさんの顔は今とは違い、それだけ見ていると、ものすごくかっこよかったり美しかったりするわけではないのだけど、やっぱりどこかとても魅力的で、舞台に立たれている姿を見てみたかった、と思う。

途中で朝日劇場の歴史のビデオも見せていただく。朝日劇場は明治43年に、お相撲さんが始めたとのこと。それから経営を橋本さんという方が引き継ぎ、時代の流れの中で一時は劇場をやめ、ボウリング場や映画館だけになったこともあったが、橋本さんは、やっぱり演劇が好きだ、ということで、劇場を再開したという。

朝日劇場はミヤコ蝶々さんも巣立った劇場。朝日劇場の舞台に立てたら東京でも通用する、と、ここは西の演劇の、ひとつの重要なポイントとなっていたようだ。(ゆ

***

朝日劇場資料館を見学したあと、みんなで新世界の散策を楽しむ。いまは串カツ屋が多いが、かつては芝居小屋や映画館なんかがいっぱいあったこの界隈。少し感慨深い。そして、いまはまた若い人や観光客らで賑わうようになってきている。でも、新世界の魅力は、その名前とは裏腹に時代から置いて行かれた感じの少しさびれた雰囲気。そんなことを考えながら歩いた。

安い立ち食いうどんや古風な喫茶店なんかを横目で見ながら、私たちは新世界商店街に向かう。この商店街は現在、シャッターが下りている店が多く、少し暗くってトンネルのよう。それでも営業している店が何軒もある。

煮豆やさんだったところに浴衣の専門店なんかもでている。豆を煮るための大鍋を金魚の水槽がわりに使っていたり、商品を並べる棚の土台にも鍋が利用されていたりしている。長年にわたって豆を煮込んできた鍋のなかで涼しげに泳ぐ金魚。わるくない。

おかやまさんおすすめの肉屋のコロッケをほおばりながら、肉屋の店の人としばし談笑。やっぱりコロッケは、あげたてのを立ち食いするのが一番うまい。

その後、本日のもうひとつのイベントである新世界の銭湯体験。露店風呂・炭酸風呂・水風呂・普通の風呂・バブル風呂・サウナなどなど・・・。いっぱい楽しんだ。関西の銭湯は、いろんなタイプの風呂がひとつの銭湯にあるのが特徴。私たちは銭湯につかりながら、手を合わせお祈りをした。滝の修行に少し似ているからだろうな、そうなったのは。自然に手をあわせる気分になった。「おかあちゃん、ありがとう」って、まじめにお祈りした。

わずか二時間あまりのツアーではあったけど、街の歴史や文化をのんびりと楽しむことできました。そして身も心もすっきり。(お

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● フィールドワーク:人と人の出会い

 

昨日の午後、ココルームに中村君という青年が来てくれた。

修論を書くためにこの街でフィールドワークをはじめている、

大阪市大で建築を学ぶ大学院生だ。

彼から修論の構想を聞かせてもらった。

この街で独り暮らしをする人びとが、どのような場所で、どのような人間関係をつくっているのか。

簡単に言えば、こんな感じの内容であった。

どんな研究になるかきわめて興味深い。

何かできることであれば、お手伝いしたいと思う。

とりあえずは、ココルームの〈みんなの文庫〉に集まりつつある釜ヶ崎関連の文献の紹介と、ココルームに来てくれるお客さんと彼をつなぐことから始めよう。

 

            *

 

はじめて彼が来てくれたのは今年の2月。

学校の先輩であった金沙智さんに連れられて彼はココルームに来た。

金さんは、釜ヶ崎のドヤ(簡易宿所)について調査をして修論を書いた。

 

彼女のことを知ったのは昨年12月頃、

『釜ヶ崎 暮らしと居場所』という報告書をつくるため、

この街に暮らす人たちへのインタビューに取り組もうとしているとき。

他のスタッフと「住んでいる部屋のイラストがあったらいいのにね」なんて話していたところでもあった。

私は、妹尾河童のようなイラストがあったらいいなと思っていた。

 

建築を専攻する学生なら間取り図を描くのはお手のものだろうなと、

軽い気持ちで声をかけてみた。

そして私は彼女に妹尾河童の本を見せた。

彼女は「イラストは描いたことはないけど、やってみます!」と快諾してくれた。

その結果、『釜ヶ崎 暮らしと居場所』には、河童風の間取り図がのったわけである。

ドヤの間取りの実測とイラスト描きは、彼女の研究と重なる部分ももちろんあったろうが、修論執筆で多忙な時期に、仕事を引き受けてくれたことに感謝したい。

 

            *

 

ココルームには学生もいっぱいきてくれる。

なかには、金さんや中村君のように、この街でフィールドワークをして

論文を書く学生もいる。

彼らとのいろいろなかかわりができたらうれしい。

そしてフィールドワークに取り組もうとする学生らが、

ココルームをうまい具合に利用してくれたらいいなと思う。

なんといってもフィールドワークで大事なことは、

フィールドでの人と人との出会いなのだから。

 

 

金沙智さんの修士論文は、<みんなの文庫>にあります。

力作です。

 

中村くんがこれから釜ヶ崎の街を歩くと思いますが、

もし見かけたら、いろんな人や場所を紹介してあげてください。

(お)

 

 

 

 

 

 

● カマココまつりダイジェスト

おおかわらさんがカマココまつりの

ダイジェスト映像をつくってくれました!!

● 鶴見橋商店街をゆく~びっくり市篇

午後、鶴見橋商店街のびっくり市なるものに行って来た。

「釜っぷの鶴見橋篇」をもって。

自転車でわずか10分足らずの距離。

小雨が降っていたが、たいしたことはない。

 

鶴見橋商店街は全体で8つのブロックに分かれている。

びっくり市がおこなわれているのは、そのなかの2番街だ。

年に一度のイベントらしい。

それぞれの商店では、出店をだし、安売りをしている。

商店街を歩き、出店をのぞきながら冷やかすのは楽しい。

 

                * 

 

2番街を過ぎ、3番街のはいりしなに、一風変わった八百屋があった。

民芸調って感じの雰囲気。

店先には、紫陽花の花なんかが売られてもいる。

紫陽花のつぼみのが、150円だという。

そういえば、少し前にココルームのお客さんのKさんが、

紫陽花の開花宣言の話ししてたっけな。

 

また、神社のお札なんかも貼られている。いい感じだ。

八百屋のにいちゃんに聞いたところ、お札は販売用ではないため、

譲ってはくれないとのこと。まあしかたない。

 

店のなかに開花した紫陽花があった。

昨日の分とのことであったが、安く分けてくれた。

聞くところによると、紫陽花の花をトイレに吊るしておくと、

女性の健康によいという言い伝えがあるらしい。

はじめて知ったが、何か得をした気分。

 

                * 

 

その後、2番街に戻り、古道具屋をのぞく。

なかにはいると、一枚のお札が何気なく置かれていた。

慎」と書かれた大国主神社(敷津松之宮神社)のお札である。

そういえば、朝いちばんにココルームに来てくれたAさんと

こんな会話があった。

Aさんいわく、「この店もスプリンクラーつけないとあかんぞ!」

どうもAさんが入居しているアパートで火事やスプリンクラーのことが

話題となったようだ。

まあ、朝一番の話題としては、突拍子のない話題ではある。

もちろん、火の用心は大事だけど、ココルームくらいの広さでスプリンクラーはいらないだろうな。

そんな会話をしたことを思い出した。

私は店にあった慎」のお札が欲しいと思った。

 

古道具屋の奥さんは主人に売ってよいかどうか聞いている。

商店街でまとめて配布を受けたそうで、今朝来たところらしい。

私が、カフェをやってるので、そこに是非貼りたい旨を伝えると、

主人は承諾し、譲ってくれた。しかも、お金はいらないとも。

私は、ありがたく頂戴し、ココルームのコンロのところに貼った。

 

びっくり市に行き、いろんなつながりの偶然性に

少しだけびっくりした。

(お)

 

 

 

● 鶴見橋商店街をゆく

カマメでは、毎月の第三水曜日の午後、看護師さんと歯科の専門家が

来て下さり、健康相談や歯磨き指導をしてくれている。

だいたいこの街の男性は、病院や歯医者に行くのが苦手な人が多いため、

こうした気楽な健康相談は重要な意味をもつ。

かく言う私も生活習慣病を抱えており、特に高血圧気味なので、

毎月のこの相談会での血圧測定にはたいへんありがたい。

                * 

 

今朝、用事で、健康相談会に来てくれている看護師さんの事務所に行った。

事務所は、鶴見橋の商店街のなかにある。

早く着いたので、少しだけこの商店街の散策を楽むことに。

天神橋筋商店街についで大阪で二番目にながいこの商店街は、

いまでも活気がある。

まあ西成はどこでも活気があるし、人がいっぱいいる。

しかも朝からたくさんの人が歩いている。

人口が減った現在でもこんな感じなのだから、

仕事がいっぱいあって元気な労働者がたくさんいた頃は、

すさまじいことになってたんだろなー、なんてことを思いながら歩く。

                * 

 

商店街から少しはいった路地には、鈴成座という大衆演劇の劇場がある。

その隣には、関西ニューアートというストリップ劇場もあったりする。

ココルームのすぐ近くには、大衆演劇のオーエス劇場や

3本立ての名画座・飛田東映などもある。

この街が楽しいのは、芸能が暮らしの身近にあり、

気楽に楽しめる点にもあると思う。

 

今週は、ココルームのイベントで、大衆演劇をみんなで見に行ったり、

大衆演劇の資料館に行ったりする予定だ。

この街の魅力を存分に味わいたい。

                * 

 

この文章を書いている途中でスタッフのU子さんが出勤してきた。

開口一番「鶴見橋商店街で今日びっくり市ってのがあるんですよ!」

あまりのタイミングのよさに、びっくり。

というわけで、午後はびっくり市に行ってみよう。

(お)

● ワッショイ。脱原発のデモに参加してきました。

東日本の大地震から3ヶ月たった611日。

午前中はあいにくの雨。

脱原発の大々的なデモ6.11脱原発世界同日アクション 原発いらん!関西行動第2弾)に参加するため、昼前にあいりんセンターにむかう。

あいりんセンターにとめられた大型バス・勝利号は、

大勢の参加者ですでにいっぱいであった。

そのほとんどが釜ヶ崎の現役もしくはかつての日雇い労働者だ。

原発の現場で働いた経験をもつ者も相当いる。

原発だけでなく、道路やビルや地下鉄建設などの仕事を担ってきたのが彼らである。

そんな彼らとともに脱原発のデモに参加した。

デモの集合場所である中ノ島・剣先公園に向かうバスのなかはさながら遠足のよう。

煙草をふかしながら、隣り合わせた人びととみんなおしゃべりを楽しむ。

中ノ島に到着したときには、雨はあがり晴れ間がのぞこうとしていた。

絶好のデモ日和だ。

          *

 

デモ前での集会では、いくつかの団体がアピール。

そして、みんなで「わーーー!」と大きな声を10秒間あげる。

デモにむけての発声の練習だ。

これは参加者全員の一体感を高めるためにも効果的である。

その後、アフリカの太鼓が鳴り始める。

釜凹ばんどのメンバーで西アフリカのジャンべ(ドゥンドゥン)を叩く

赤井くんの顔も見える。

梅雨の晴れ間の爽やかな風が吹くなか、中ノ島公園に太鼓が響きわたる。

デモ参加者もだんだんと増えてきた。

いよいよ出発だ。

          *

 

色とりどりの幟を掲げる人びと。

大きな鳥のようなつくりものをもって歩く人もいる。

音楽を演奏しながら歩く人もいる。

勝利号でやってきた釜ヶ崎組は、

「釜ヶ崎解放」と書かれた赤い幟をもつ。

この赤は、御堂筋の街路樹の緑に映えて美しい。

デモのかけ声は、「ワッショイ、ワッショイ」。

神輿を担ぐときと同じかけ声だ。

私はこのワッショイを聞くとなんだかうれしくなる。

腹の底から声をだすことなんて、普段の生活ではなかなかする機会はない。

ワッショイ。

デモは祭りだ。

社会を変えるための祭りだ。

 

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