猫君のココルーム観察日記の記事
● 天王寺七坂

「天王寺七坂」は北から順に真言坂・源聖寺坂・口縄坂・愛染坂・清水坂・天神坂・逢坂の
七つがあり、それぞれ個性を持っているワン。
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真言坂だワン。(しんごんざか) |
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生国魂神社の神宮寺であった法案寺を始めとする生玉五十坊が、明治の廃仏釈神社周辺で栄えていた。うち、神社の北側には、医王院・観音院・桜本院・新蔵院・遍照院・曼荼羅院の6坊があった。全て真言宗であったのでこの坂は真言坂と呼ばれたワン。 |
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源聖寺坂だワン。(げんせいじさか) |
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この坂は、登り口に源聖寺があるので、その名をとっている。付近一帯は、寺町として長い歴史を持つ。齢延寺には、幕末に泊園書院を興して活躍した藤沢東○(とうがい)、同南岳父子の墓があり、銀山寺には、近松門左衛門の「心中宵庚申」に出て来る<お千代、半兵衛>の比翼塚が建てられている。 |
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口縄坂だワン。(くちニャわざか) |
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坂の下から眺めると、道の起伏がくちニャわ(蛇)に似ている所からこの名が付けられたという。付近の浄春寺には歴学者麻田剛立、画家田能村竹田、春陽軒には国学者尾崎雅嘉、太平寺には医家北山寿安ら、江戸時代に活躍した先人の墓がある。又、梅旧院には芭蕉の供養費も見られる。 | |
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愛染坂だワン。(あいぜんざか) |
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その名のとおり、坂の下り口にある愛染堂勝蔓院から名付けられた。愛染さんの夏祭り(6月30日〜7月2日)大阪夏多祭りの先駆けとして知られています。境内の多宝塔は、豊臣秀吉が文禄三年(1594)に寄進した市内最古の建造物で、重要文化財に指定されています。近くにある大江神社には「夕陽岡」の碑があり、この辺りからの夕焼けは今も美しいものです。 |
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清水坂だワン。(きよみずざか) |
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新清水清光院に登る坂道を言う。高台にある新清水寺の境内からの眺望は格別で、更に境内南側の崖から流れ出る「玉出の滝」は、大阪唯一の滝として知られている。又この付近一帯は昔から名泉処として知られ、増井・逢坂・玉出・安居・土佐・金竜・亀井の清水は七名泉と呼ばれている。 |
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天神坂だワン。(てんじんざか) |
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安居天神へ通ずる道ニャのでこのように呼ばれている。この神社の境内は大阪夏の陣で真田幸村が戦死した所で、本殿脇に「真田幸村戦死跡之碑」がある。又、同境内直ぐ下には七名泉の一つ、「安居の清水」があり、「かんしずめの井(癇静め)」とも呼ばれよく知られている。 |
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逢坂だワン。(おうさか) |
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天王寺にある松屋町筋終点、いわゆる合法ヶ辻から東へ上がって四天王寺西門に至る坂である。逢坂は、逢坂の関にニャぞらえて呼んだものとも、他説では聖徳太子と物部守屋の二人が信じる方法を比べ合わせた「合法四会」に近い事により合坂と名付けられた等の諸説がある。 |
● 1・15日曜日だワン。
● 1・14土曜日だワン。
● 1・13金曜日だワン。
● 1・12木曜日だワン。
● 1・11水曜日だワン。
● 1・10火曜日だワン。
● 1・9月曜日だワン。
● 1・8日曜日だワン。
● 1・7土曜日だワン。
朝10時に来たワン。来たのはいいけどまだ開いていニャいワン。男性陣2人が休みの為、朝11時半迄、外で待って居たワン。寒かったワン。七草だワン。賄いは焼き魚(ほっけ)と他一品だワン。昼2時に玉出へ行って七草粥を買いに行ったワン。行ったのはいいけど七草は見当たらず諦めたワン。昼2時過ぎに野菜を売りに来たワン。昼3時にアイスコ−ヒ−とウインニャ−とト−ストを頼んだお客さんが来たワン。カマメで瓢箪に絵を描いているワン。面白そうだワン。1つ作ったワン。新長田へ行く為、夕方5時に閉めるらしいワン。楽しんで来るらしいワン。いいニャ−だワン。






