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日記 - 4畳半滞在日記の記事

● 北海道からもきてくれました

やっと秋らしい風が吹きはじめましたね。

さて、夏には全国各地・世界各国からたくさんのお客さんがココルームを訪れてくれました。

そのなかで、8月末に一週間程、ココルーム付近にいてくれていた木村さんに

なにかブログ用に文章を…とお願いして書いてもらいました。

ずっとべったりの人だけでなく、少しはなれた距離から見守ってくれる方がいることも重要で、

それぞれの人がそれぞれの距離で、この場に関わってくれることが嬉しいです。ゆ

 

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こんにちは。

北海道・札幌から 釜ヶ崎を訪れたキムラです。

 

普段は、大学院にて社会教育を専攻しているのですが、表現が人にとって、どんなに意味があるのか、そしてその意味のある表現がどんな場で生まれているのか、ということを学びたくて、釜ヶ崎にやってきました。

 

8月末、1週間の短い期間ですが、そこで体感したこと、考えたこと、これから考えていきたいことなどを、ブログに書かせていただけるということなので、その時のメモみたいなものの一部を掲載させていただきます。

 

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20日 (1日目)

15時過ぎ 新今宮に到着、意気揚々とココルームに行くも、見当たらず。。。あの商店街で間違いないはずなのに。ブラブラ歩いて街の人に聞いてみたりしてみる。どうやら行き過ぎていたようだった。戻ってみると、確かに、あの派手だけど、ごちゃごちゃしすぎて商店街に馴染んでた看板を発見。けど、昨年来たときよりも、もっと商店街に馴染みまくってて、気がつかなかった。ジャングルみたいな看板なはずなのに。特に、カマメの方が、まったく普通の店と化してたので、「あの黄色い看板と亀!」と記憶していたのが、まったく役に立たなかった。古着とか、ビンテージ風のアクセサリーやら鞄、バッグ、焼き物などがカマメの前にででーんと広げてある。商店街に馴染み過ぎて、ちょっと笑えた。

 

けど、相変わらず、新今宮の駅を降りた瞬間から、少なくとも札幌の小綺麗な雰囲気とは正反対の空気。けど、きっと通天閣とか動物園とかに行く観光客は普通にいて、そんな層とは出会わない「釜のおっちゃん」という雰囲気を醸し出した人々がポツリポツリ。。チャリをこぐ。花壇の前に座る。こっちを見る。激安ショップ(価格が多分普通使用じゃない)の前に数人で集う。チャリをリンリン、キキーっと鳴らす。

 

「カマメ映画祭」に参加。資料で読ませてもらったイメージからはとても想像できなかったくらいに、穏やかな場所だった。多様でおおらかな人たちとともに、心地よい自分でその場に存在しているような。本当、予想してたよりも、なんてゆーかみんな「素朴」だったのだ。思ったよりも「激しさ」みたいのがなくて、だから、私も面白いと思った時に自然に笑えたり、勝手に表情がほころぶ感じ

 

以前の「エキセントリック期」からは打って変わって、「穏やか期」に変化してるような。

 

 

21日 (2日目)

急遽、カナヨさんとお話できることに。全然準備していないにも関わらず、彼女はとても真摯に向き合ってくれた。これまでの私の少ない経験から、アーティストは、こっちがはっきりとした自己主張をしないと対応してくれないものだとどこかで思っていたところがあったので、すごく嬉しかった。そして、なぜ彼女がこの取り組みをしているのかを伺う。彼女の人生で経験したあらゆることや彼女の感性が全て絡まって今のあの優しさ、包容力、人を許す力があると思った。

私の聞きたいことは、どうやら細かいらしい。言われてみると、そうかな、具体的な場面場面を詳細に語って欲しいと思いながら聴いている。

 

寺川さんの作ってくれた夕ご飯。私の研究の話をさせてもらう。教育学って研究する時の方法・何をどう評価してるの?ってこと、古手川さんの質問にうまく応えることができなくて、とても反省。私たちが日々やっていることをちゃんと自覚しなければいけないな。認識の変化っていうのを学習だとする説明では不十分すぎる。活動の展開とともに見ていくなかで、人々の変化、そしてその変化が引き起こす活動自体の変化の必然性を探ることが私たちの切り口なのだけれど。

 

 

22日 (3日目)

リラックス体操へ 古手川さん、まさかのあの素敵なお着物で自転車に乗るとは。。。すごいわ。

 

とても気持ちが落ち着く。やすらぐ。身体が解放される。自分一人の世界に集中できる。

 

久しぶりの岡本さんとの再会で、私が研究で何を追求したいのかを話させてもらう。日常、生活、「ハイアート」と「マージナルアート」という区別をして、そしてそこが離れていること、分断されていること、表現がもっと日常に根づくようなかたちで展開しないものか、という話をしていた。ハイとマージナル。その区別で良いのか、後になって少し疑問に思う。マージナルというと、「周辺」ということ。だけど、物理的に周辺化された(=釜ヶ崎みたいに) ところにだけに潜む問題だけではなく、「自分らしくない」とか、「不自然」な表現、「無理のある表現」「居心地の悪い表現」というものを引き起こす、現代社会全体の「生きづらさ」に潜むものとしての表現、「埋め込まれた表現」とかを問題にしていると思ってる。だから、物理的には、メインストリームに生きていて、うまいこと人生を送れてると思っていても、はたしてそうなのか、ということ。社会が、要求するものに応えていくことだけが正解ではない。自分自身が充実した人生を全うできるか。しんどい思いをしすぎずないで、自分の心地よい、自然な表現がちゃんと認められる社会の在り方自体を問うこと。

 

2回目の体操参加の後、とても穏やかになれて、古手川さんとおしゃべり。自然な状態を意識する。自分の限界というものも自覚する。そこに表現と学びとの関わりがある、ような気がする。

 

本場イスラエルでは、授業の前に5分とか実践されているみたいで、発達障害の子も、授業を落ち着いて聞くことができたりするみたい。やっぱり、他人と比べちゃうとか、周りも周りでその要求されている空気を創ろうと、その子の自発的な表現を押し戻そうしてしまうから、その子も苦しくなって、落ち着いていられなくなる。穏やかになるということは、自分の世界がちゃんと保障されていて、自分の自然な状態を受け止めるということなのだな。

 

依存症の人に体操をやってもらった時には、どうも落ち着きがなくて、ずーっとしゃべっちゃって、集中できなくて、全然指示されていることと関係ないことを話してしまうのだそうだ。それは、依存が脳を物理的に痛めつけているということでもあって、そうなると、自分の体の細部にまで意識が及ばないのだろう。この手法=自分の平静を取り戻す動きは、「自分の無理」「違和感」「不自然」な状態を意識し、そこから「素直」で「穏やか」で「平穏な」状態へと改まる方法であって、何かに依存していると、それはうまくいかない。でもそれは逆に、依存状態にならざるを得ない状況そのもののが、その人の「しんどい」サインとして表現されているとも言える。ということを、古手川さんがお話してくれる。ほんと、そのとおりだなー。無理なく出来ればそれが一番良いけれど、それが難しい世の中だから困ってるし、しんどいんだよね。

口頭で指示するとなかなか集中できないみたいだけど、マンツーマンで、体にふれながらのコミュニケーションであれば、また反応が変わるのではないか、と古手川さん。古手川さんの手法を取り入れた実践、変化に期待したい。

 

学びとは、「自己の有限性を自覚し、振り返ること」だと、うちの先生は言ってる。それを、認識だけではなく、身体で感じることが重要なんだろうと思う。それは表現の現場固有の可能性であるし、認知の限界を超えるもの。身体感覚が伴ってこそ、「わがものにする」=学ぶことができるんだと思っている。

 

 

24日  (5日目)

夜回り。野宿されている方はとても優しかった。けれども、GO WEST(明治学院大学)の学生さんの中には、去年と同じ方に出会って、その方に「ほんま、今、しんどいから、いらん」と言われた子もいた。

私がお声がけした人には、ありがとうと言ってくれる余裕がたまたまあったってことなのだろうか。私がもし地面で生活していたとしたら、素直に「ありがとう」って言えるのだろうか。

 

 

25日  (6日目)

改めて、裕子さんのお話、他者との距離のとり方からは、彼女の繊細で優しいけども、うやむやにせずにおっちゃん達と関わっていこうとする姿勢が感じられる。現場で確かな関係を紡いでいる重要な人だ。

 

ここは祈りの場であり、命と向き合う場であるけれども、私達、社会教育研究の仕事はそれだけではなく、それを組織し他者と協働する力をどのように見通すか、カタチある実践として目的・内容・方法を持続的に具現化する時の論理に注目し、「ともに世界を創る」ことの実現可能性を探ること。

 

 

26日 (7日目)

昼過ぎから、再び、かなよさんのお話を伺う。

彼女は、やっぱり素敵だった。きちんと気持ちが整理されている。この組織の芯はまぎれもなくカナヨさん。進め方としての「中心」というものはないかもしれないが、歴史を創って来たのは確実に彼女だし、それはこれからも変わらない。

 

ここのスタッフは、2年くらいで卒業していく人が多く、ココルーム自体がインキュベーションの場として機能しているそうだ。この場を創る哲学はかなよさんを基盤に確立されていて、そこに関わる人が巻き込まれて色んなものを発見して、自分のものにして、自分の次の道を作るために、違う旅に出るような、そんな感じだろうか。

 

対話がいかに重要であるか。それは、彼女の経験が全て物語っている。言葉を媒介にして人が変わること、言葉が足りなくて人が傷つくこと、「話すことでしかどうにもならないこともあるよね」(裕子さんへの言葉)と語る背景にあるもの、彼女の経験の中の、言葉の意味、というか、相容れないもの同士の合意形成に至るプロセスを、これまで「対話」の中で生み出して来た。だけど、それは、言葉を中心としたものではあるけれども、ただの言葉だけではなく、その周辺をとりまく、「参加型」「表現」「アート」という、ココルームならではのやり方で、周辺からの理解を少しずつ得ていった。掃除をイベントにしちゃおう とか、皿を洗ってもらおう とか、普通の店じゃ考えられないやり方で。

 

 

27日 (8日目)

むすびで、僧侶のKさんとお話し。

ココルームが新しくアートを始めたわけではない、ということ、釜ヶ崎の表現の歴史を教えていただく。にしても、それが社会のニーズの中で生まれた。そのニーズを具体的に包摂するための人々が交わる場としてのアート、というある理念をもって始められたというのは これまでなかったことなのではないか。

路上詩人、ピアニスト、生活サーカス、文集「野草の会」など、色んな文化運動や表現があったけれども、切実に「人が生きるということ」がある状況、何か解放の機会を困窮する状態であった路上というところから、個人の表現が生まれるなんてことは、人間として生命としての必然である。

 

けれども、それをただ表現をするという解放性を求めるのではなく、切羽詰まった社会全体の問題として、その先の具体的な関係づくりや、生活の仕方までをも捉え、場を作っていくそんなプロセスを含み込むのが、ココルームであり、むすびである。と思っている。

 

「喜望の家」を訪ねる。

アルコール依存症の回復=表現プログラム(陶芸、紙すき、コラージュ、リラクゼーション・・・など)を展開している。昔は少し大きな焼き釜があったらしい、今も電気釜がある。プログラムが決まっている、一人でいるとお酒に走るので、人と話したり、一緒にいることで落ち着いて過ごす・・・

 

回復のための表現活動が、こんなに釜ヶ崎に根づいているとは思わなかった。これらの活動をどのように地域として総体的に捉えることができるのだろうか。

 

この地域の中で生まれている生活に根づくアートには、私が見聞きさせてもらった限りでも、多様な実践があった。「ココルーム」、「むすび」、「即興楽団ウジャ」そして、もっとセラピー的な場として「喜望の家」。

それらはそれぞれに「表現」というものを媒介にしながら、この釜ヶ崎に生きる人々が抱えるそれぞれ異なる生活の課題に対応した形で場を形成している。

 

①人との関係の紡ぎ方を探る。社会との接点を持つ場所

②落ち着いてありのままの姿で日常を穏やかに過ごす場

③日中の余ったエネルギーを酒に注いでしまわずに、身体的にほどよく疲れて解放する場

④依存症から立ち直りたい、静かに穏やかに自分を変える場

 

それぞれ異なる層に働きかけているし、その働きかけによって、人々の日常が少しずつ安定するのだとしたら、これらの色の違う実践がいくつもの層になって、重なり合いながら存在すること自体にとても意味があるのではないか。

 

というざっくりとした感想を持って、釜ヶ崎の最後の日を終えた。。。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後に、ココルーム・スタッフのみなさん、むすびの方々、釜ヶ崎のおっちゃんたち、おっちゃんたちを支える人たち、GO WESTの学生さんたち、商店街の人・・・たくさんの出会いに心から感謝します。本当にありがとうございました。

・・・といっても、今後もまだまだお邪魔しますので、どうぞよろしくお願いします!

 

札幌は熊の出没で、少し秋らしさが感じられるようになりました。釜ヶ崎はまだまだ暑いのでしょうね。

次の季節にまたお会いできますように♪

 

木村花菜

 

● 釜ガールです。12月3日(金)に逢いましょう

ご無沙汰しています、釜ガールです。

釜ヶ崎のおっちゃんたちと若い娘たち(自分を含む)のかかわりに焦点をあてて、その異文化交流について考えてきた釜ガールですが、地元横浜で「釜ガール横浜支部(仮)」を発足させた今、私の人生はちゃくちゃくと続いています。
近くの人との関係、遠くの人との関係。
人生のいろいろ、異文化交流のいろいろ、それは男女差という異文化のみならず世代差や育った環境の違い、たどってきた道の違いなど、いろいろないろいろないろいろな、個々の異文化がまじりあっていて、とにかく、ひとりひとりなんだなーと、しみじみ考える今です。
一筋縄にはいかないよなー、と。

そういう中で、次回の会合を「合コン」という名前でくくってしまうことでこぼれ落ちてしまいそうな何かに気づき(今さら?)、もっともっとささやかに、ただ集まっていろいろ話す、「釜ガール会議」を、じっくり地道に重ねて、時間の流れを共有していきたいと思います。

「釜ガール会議(仮)」
12月3日(金)ココルームかカマメで17時~19時
(開始時間が遅れる可能性あり)

「釜ガール会議(仮)~東の陣~」(東京か横浜で開催)は、今後たびたび開催される予定です。

もろもろ詳細は、
釜ガール(仮)のサイト
を見てみてください。

風邪をひかぬようあたたかくして、みなさん、よい冬をお過ごしください。

● はじめまして「釜ガール(仮)」

みなさん初めまして。

10 月1日から31日までカマンメディアセンターの四畳半にレジデンス滞在しているイシワタマリと申します。

今回のプロジェクト、「釜ガール(仮)~女心と男心と秋の空と~」では、 おっちゃんのまち・釜ヶ崎(大阪市西成区)を、おっちゃんたち+ガールズの強力タッグで描きなおす! をテーマに、女子と男子が楽しく自然に共存できる空間づくりをめざします。今月いっぱいは思いをつづった交換日記ノートをまわしたり、「掃除部」「もようがえ部」「てがみ部」「女装部」「スパイ部」「おいしいごはんを作ろう部」「遠足部」などの部活動や「男の会」「女子秘密会議」などさまざまな集会を発足させています。 

11月には「合コン」を企画中!参加条件は、その日までに各自が今よりワンランク上の素敵な自分(嘘はナシ)を用意すること。 これからのスケジュール詳細や日々の活動のようすは、「釜ガール(仮)特設サイト」からご覧いただけます。

今後の「釜ガール(仮)」にどうぞご期待ください☆

 

● ひかり

栗木、中堀くんがきてくれた s/n 上映会の後も

ハタエさん、本山さん、飯塚くんと東京からやってきてくれて

この場所に、普段ぼくの近くにいるヒトがいることをなんとなくいいなと思う

 

美術を勉強するヒト、映画をとっているヒト、なにか作ろうと悩むヒト

それを生業にするヒト、しようとするヒト、また違った方へと進もうとするヒト

そういってやはり生活について先々のことについて考えていく

よりあかるい方へ

 

26日、原田さんやのぼるさん、きたさんたちにつきていき、奈良の假奈代さんの実家にいく

おいしいご飯をいただき、みんなで山菜をさがしたりゆっくりとした時間をひさしぶりにかんじた

ロビンソー クルーソー 1

(みんなで集合写真)

 

生まれてまもないここみちゃんはなんだか神さまみたいで

いろいろなことが光ってみえた

 

 

かなよさんとここみちゃん 2

(ここみちゃんを抱くかなよさん)

 

4月27日 17:37 新井宏輔

● 距離と音

マイクがひろう音もマイクが動けばやはり変わってしまう

映像の中で流れる音楽はその時の演奏者は誰も聞いた事のないものにかんじる

 

26/04/10 3:31  新井宏輔

● らたたっと

いさおさんの家でみた雑誌ニュートン

おそらく有名な天文台かなにかでとられたであろう宇宙の写真

いろとりどりの星たち

 

場所が保てる幅は壁と壁の間

建築は境界をつくり内と外を区別する技術

内にむかって秩序立てる方法(芦原芳信『街並みの美学』)

 

原田さんの誕生日

(18日は原田さんの誕生日だった)

 

自分の想像しなかった出会い

その時々ヒトのかかえるエピソードの中で

秤が大きな揺れを起こす幅の広さ

 

18日、釜ブラスに参加してメンバーと

東京から来てくれた中堀、栗木

みんなで即興したとき

のぼるさんのたいこが抑揚の中ではじけるとき

かんじたあの瞬き

白い部屋に広がったカラフルな景色

 

小沼さんが「即興のルーツは喧嘩らしい」と教えてくれる

それぞれの持つ表現の違い(バックボーン、感情、年齢なども含めて)が

そこでは魅力に喧嘩できていたと思う

 

じりじりとときに鋭くとがり、混迷し

あるヒトは手を休め、あるヒトは気をうかがう

(この時の動画はまたアップします)

 

少しずつ映像や写真をとりため筋道をたてていく

ここでぼくも汗をかき

ながれていく時間に釘をさす

 

22/04/10  4:09   新井宏輔

● あっこさん

17日 たかおさんと映画を見に行き

時間も遅くなりご飯を食べるためにいそいで電車を漕ぐ

あっこさんが用意してくれる

食事が終わるとあっこさんはお客さんの誰もいなくなったココルームを掃除してくれていた

 

20/04/10 2:26  新井宏輔

あっこさん 2 (17/04/10)

● かめらまか

 

大阪まで夜行でバス過ごす8時間

バス会社のミルキーウェイという名前のせいか『銀河鉄道の夜』のよう

行き交う赤や白、オレンジといった光の中

顔もあわせた事もない無数の人びとが過ぎ去っていく

その影になったぼくら乗客はみな石のように動かず、限られた一つのシートの上で目をつむる

 

ひどい寒さの新宿駅前のターミナルで自分の乗るバスをまっていると

雨が強くなりみぞれに変わっていく

おりて大阪につけば雲ひとつもない晴天

 

cocoroom

 

ココルームで原田さんを待ち

鍵をもらって、昔文房具屋さんだったというこの建物の使い方を教えてもらう

カマンメディアセンター、四畳半の畳部屋は、ぼくが仲間達と借りてる尾久のスペースとよく似ている

 

商店街を軸に、細い路地が複雑な地図を作っている

建物の表面に残る細かいタイル、昔の映画のような書体の看板

遊郭、路面電車の跡地、流れる音楽とそれがひっぱってくる時代の色、なまりのある話し声

知り合いのヒト、仲のいいヒト、友達とも呼べそうなヒト、少し苦手なヒト、東京からくる仲間や友人、

見た事はあるヒト、はたまたまったく知らない(知り合うかもしれない)ヒト、そういったここに行き交う人びと

このフィールドでなにができるか、これはぼくのまったく個人的なチャレンジでもある

 

先に釜ヶ崎 西成といった地名についてまわるネガティヴな話を聞く機会が多かったけれど、この街にある建築や生活の空気感は魅力的だ

そこに行き交う人々の誰が危ないかは分からない またぼくも怪しいとみられることもあるだろう

そのこと事態は自分の知らないヒトばかりの街へいけばいつだってそれは同じはずで

一方で、なんとなくぼくも危ないとかんじる場所や怖いなとかんじる状況もやはりある

ただそこにヒトが集まっているのであれば、集まる理由を共有する/できるヒトにとってその場所は危ないということはないとぼくは思う(「怖さ」についてはまだよくわからない )

 

 

 

いさおさんと釜ヶ崎、飛田新地から広く大阪を自転車で案内してもらいまたいろいろ話ながらまわる

大阪城からみえる夜景バックにみえるたつ姿に話してくれたことの片鱗やまだぼくの知らない/分かったふりのできないという事がここで重なってみえる気がした

 

イメージをつかむ主体がはっきりしているとき

ぼくとの距離のから生まれるポートレイトはこの目に焼き付くものだと思う 

撮れたもの/撮れなかったもの

写真はぼくのみたものに近い部分が共有できる

写真には「写真」のルールによって意味が変わってしまう部分もあることも認めた上で、進んでいきたい

 

それは古いアルバム中、丁寧に撮られた記念写真のように

いいなと思うものへの素直な欲求でまずはあろうと思う

 

 

 

14日間という限られた時間の中で

ぼくはカメラをむけることの難しいこの街で自分に対して自分なりのルールをつくっていかなければいけない

とらえようとする立体的な地図はまだ白い部分がほとんどだ

 

参考にしようと思って持ってきた本の中に

カメラについて考えると思い浮かぶ箇所のある小説がある

 

今こうやって一人ブログに書くことを

書くべきことを/またその書き方を模索している中、時間もあっというまに経ってしまった

 

 

  今や朝日が昇り始めていて、ぼくは(...)日ノ出を眺めた

  あたりはまだ夜のままだが、それはすでに、薄いブルーの明るい曙光によって和らげられた夜で、(.....)太陽はゆっ     くり目の前を昇っていき、大気をまたたく軽快な色調で包み、透明な、打ち震えるような明るさをもたらした

 (.....)太陽が昇るのを眺めながら、ただ現在の、この瞬間のことだけを考え、薄れいていく恩寵を今一度捉えようとし   ていた −ちょうど、針の先端を、生きた蝶の体に突き刺すようにして

  生きている

 

 『カメラ』ジャン=フィリップ トゥーサン

 

 

 

カマメの前の通りにも少しずつ動き出しているヒトがみえる

アーケードも空が透けて薄く青い

 

 

19/04/10 5:34 新井宏輔

 

● こまどり 4畳半滞在日記 17日目

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● こまどり 4畳半滞在日記 16日目

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