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日記 - おっちゃん通信の記事

● 今日、東北に行く。なんとしてでも、自分の目で確かめたい。行けば。何か感じみえてくるはずだ。五感を大切にしたい。

東北大震災から、一年の歳月が流れた。原発事故による福島は、ますます、厳しい状況だ。国が、国民の命の大切さをないがしろにしてる事に怒りがおさまらない しかし、いまの日本の現実の姿に、おれは、絶望した、もう、我々のてによる、行動しかかわらないだろう。いつまでも、時代の波に 流されぱっなしでおれたちは、いいのだろうか。 忘れてはいけないから、今一度、福島の現状を、知るべきだと思い、行動にでた。南相馬の子供たちとは、放射能汚染がひどいから、室内の遊びになる。 悲しいことだ。国が、具体的な、避難措置を取らないから、子どもさんや、妊婦さんは、行き場もなく、南相馬での、暮らしを強いられている。 同じ、人間として、なんとかせねばとおもいつつ、自分の生活に追われて何にもできないのが実情なのだ。 でも、出来ることから動くの、精神で、偽分なりにやりたい。釜ヶ崎の仲間も、原発を動かすために、被ばく要員として狩り出されている。 病気になり、誰にも、看取られずに病院で、さびしい思いをして、ヒッソリ亡くなったに違いない。 もう、これ以上、命を犠牲にすることは、人類はやめるべきだ。南相馬の子供たちとひと時でも、笑顔で話遊びたい。 行ってきます。釜ヶ崎 のぼるより

● 後でわかった、仲間の死。釜ヶ崎では、こんなことがよくある。死の重さと、生きるとは

先月、yさんがよく行ってる建材屋さんに行き、yさんはと、尋ねたら、11月に杏林病院に入院して 亡くなったとのこと。え、どうしてと聞き返した。急に風邪とかで、入院してたらしい。少し前、市更相の前で 会って、元気かと聞いたら、おう。と言葉が返ってきた。彼とは、故郷が、同じ岡山県、年も同じで26年生まれ 同郷で、親近感が湧き、よく、三角公園近くの、ホルモン焼いてるところで、一緒に、飲んで 人生を、語ったものだ。10年ぐらいになるかなあ。飲んでも、仕事はきちっと行ってた。 いい酒で、俺の、愚痴もいやながらも聞いてくれる、やさしさがあった ひげが白髪がなくりっぱだった。俺がいつも苦労がないからだろうと、飲んだ時いつも冷かしていたっけ。 彼の死によって、彼はこの生き方でよかったのだろうか。自分勝手に判断すべきでないが 病院で、一人で亡くなっていく悲しさ、寂しさは、なかったのだろうか。 誰にも看取られずに、死んでいく運命は、自らの責任もあるだろう。 しかし、同じ仲間である俺たちが、見送ってあげたかった。 釜ヶ崎では、友人がいない仲間が、病院に入っても判らないことが多い。亡くなっても、判らない 行路で救急車で運ばれたりすると、まず、わからない 生活保護を受けてる人は、家主とかに、病院から連絡がいくから 判るけど。 何が過去にあったにせよ、見送る人が、誰ひとりいないというのは 悲しすぎる。釜ヶ崎は多い。元気なころ、センターから仕事に行き、ビルも道路も創り、社会に貢献 したにも、係わらず、年がいくと、仕事にも就けなく、野宿を余儀なくされることもしばしばある 人間の尊厳なんか、あったもんではない。 それでも生きるんだ。と言えなくなる俺がいる。 仲間同士、つながらなきゃいけない。人の命の重さ。同じだから 仲間を大切にしなければ、行けないとつくずく思う。 yさん、やすらかに、おすごしください。   のぼるより

● 2月4日。午後2時より西成プラザ3階。ウジャ中川えりちゃんのジャンベの叩きかた、うじゃるとは。やるよ

今年、釜ヶ崎42回越冬闘争で釜ボコバンドと コラボやってくれたり 楽器を釜の、仲間に渡してくれ、三角公園で踊ったり 唄ったり、釜の仲間に元気を、いっぱいくれた 東京から来た、元気な女の子です。みなさん、よかったら、来てください。 場所はJR新今宮駅、東 出口をでて霞町交差点を、 南へ数メートルの百円ショップの、3階です。 参加費、千円です。 じゃんべ、楽器のあるひと 持って来てよ。 俺もじゃんべ、かったから持ていくよ。 寒さを跳ね飛ばそう。

● Fwd: 今年の誓い。何から初めるか。考えたあげくの 断酒宣言。

日付: 2012年2月2日12:17
件名: 今年の誓い。何から初めるか。考えたあげくの 断酒宣言。

恥ずかしながら、再度の断酒宣言。昨年、寿町で解放感の中、もういいだろう

と、飲んだ酒、その後も大阪に帰り、飲んだ。

昔のような暴言は吐かない自信は、一年近く酒を断ち自分の中にはあった。

仲間と飲んでるうちに量が入ると、昔のイケイケの自分がそこにいた。

適度に止めれない、愚かな昔とちっとも変わってない自分をまた、見てしまった
心配してくれた、ココルームのkさんに、飲んで電話で暴言を吐いた事

初めて聞いた。全然覚えて無かったからだ。昔の、自分が、またでている。

自分では、大丈夫だと思ってたからショックだった

このままでは、自分も、またこれまで支えてくれた人達も駄目にしてしまう。

本心で、やってる訳でないから、こんな事を、繰り返す自分が、本当にいやだ。
出会いを、大切にしたいのに、壊してしまう酒の存在自分とは、相性が悪過ぎる

だったら今一度、酒を断つしかない。本当の自分になりたいから。

酒のこわさがあらためて判った。楽しい気持ちが増すから飲んでたがそれは、間違いだった。

酒に頼ろうとしてた、昔の弱い自分がいた。相談できない、自分の、プライドも重なり、結果、今ままで

やったことすべて水のあわ
酒を飲まないでも、十分に、楽しくやれるようになったのに、卑しいものでもっと楽しくなれると欲が湧いて酒を求めてしまった。
でも、今日のkさんの電話は、うれしかったです
話してもらい、自分の酒癖が治ってないことに気づかされた。話し合う事の

大切さも、身をもって学びました。

信じてくれる人達がいること、忘れずにここに、断酒を自分に誓う。

以上です。


電話での暴言、覚えてないとは言え、すいません。

konna,
ningendesuga,
yorosiku

noboru

● おはよう

このブログを見たい人は、ツイッターに載るのでそこのブログ更新を クリックしたら、見れます。ツイッターアドレス、@inoburuです。 不便ですが、よろしく。

● 1月も早いった。出足はのろまな亀の歩みで、まあ、いいっか。

29日、日曜日、一昨年春にかまめに手伝いに来てくれた明日香ちゃんが釜に来てくれた。 縁というものは、不思議で、俺が、最近ツイッターをやれるようになり、たまたま明日香ちゃんが 西成に来ることを知り、ツイッターで連絡をした。して、カマボコバンドのメンバー東京から 来てた、えりちゃん、まゆみちゃんと家で会い、彼女が信州に帰るとき、創った歌 動物園前一番通りの歌を彼女に、生歌できいてもらった、その当時が、思い出され ちょっぴり、熱くこみ上げるものがあった。すっきりして会えたことが本当にうれしかった。 ツイッターのつぶやきのつながり、すごい。 もう一つ、俺にとって感激したこと。31日、歌手の加藤登紀子の、つぶやきを見て ツイートした。 それは30年前のこと。加藤登紀子さんが釜ヶ崎夏祭りに来てくれ、三角公園で、ライブをしてくれたんだ 俺は彼女の歌が大好きでファンだった。ひとり寝の子守唄、この空を飛べたら、大好き それをツイッターで、彼女に、つぶやいたら、うれしいことに、返事が返ってきたんだ 夏祭りのこと、覚えていてくれ、またやろうか。言うてくれた, めちゃうれしかった。出会いは勿論大切なんだけど、いろんな人とつながれる、喜び 感じた。ずっと落ち込んでいて、自分の、存在がうとましく思えて、だからどうなんだ。と 自分に激を飛ばしても、やる気が、全然起こらなくて、日々が、費やされて今日に至ってしまった 人間が、目標を見失うことが、どれだけ、つらく、活気がなくなり、生きてる意味が見いだせなくなるか 判ってたはずなのに、心の持ち方が大事だと、今回,改めて感じた。 人のつながり、やっぱり、俺には、大切であり、必要なんだなあ。 加藤登紀子さんからの返事で、いつでも、一からやり直せばいい。 人と俺の人生を比べること。モウやめた。自分は自分であればいい。自分が納得すれっばいい。 2月から、巻き返しで一から、動いて行こう。今ヤレルことから、 みんなも、いろんな、人に言えないこともあるけど、やれることから、あせらずやれば いつか、報われる時がくることを信じて。おやすみ。

● しんねんあけましておめでとう

過去を捨てるひとは簡単に語るけど。俺はできないにんげんの一人。

何が大切か生きてる中で判る人間が俺は好き。今原発とかで、言ってるやつほんまとおれは」いいたい

今信じられるのはじぶんだけだ。釜ヶ崎で生きて来て、みんなはバカにしておれを見ていた

もちろんおれもばかな生き方はした。それは言わないが、しんどさをひとつぐらいはわかってほしいかつた

もう言わないでなく言えなくなっった自分が今ここにひとり敢然といる。

みんな生きてや。おれも生き抜く。

● 今日、三角公園で、月を見る会、空が晴れてすっきり、よくみえた。

去年は、寒くて雪が降り
中止。今年は、三日月もはっきり見えクレータもはっきり。

木星と周りの衛星も見えた。1500光年彼方にあるオリオン星雲、誕生したばかり星がみえた 和歌山大学の、尾久土先生、越冬ではや3回目だ。 いつ観ても、心が洗われる。感謝、感謝。

うれしいことが、もうひとつ。

久しぶりに、明学のフォーリーから、手紙が届いた。
ブログを読み、酒の解禁を知り、気遣かってくれて

1年辞めて、変わったこと。飲んだ事を、前向きに、
見守ってくれ、昔のように頼る酒では無いこと。

判ってくれた。みんなは、大概、依存症で飲んだと

思っているようだが、彼女だけは、人間、井上登の気持ちを、理解してくれた。
俺も、信じてくれる人がいるという最高の喜びを、今
感じてる。元旦は、四時から三角公園で歌います。

東京から、来た、ウジャのえりちゃんが、釜ボコバンド
に参加してくれます。

今年もフォーリーが参加してくれ、楽しかったなあ。
支えてくれる人の気持ちを大切に、生きていきたい。

● 立ち止まっても時は動く。後ろばかり気にしてたら、道に迷う。明日につなげられる為の一歩を踏み出すことだ。

25日、むすびの会に行き六さんの写真展を観た。自然体であることがいい感じだ。

26日、こもり、決め込む。答えが見つからない。でも生きてることは確かだ。腹がへる。残ったインスタントラーメン炊いて食べた。

27日、昼、ウジャのえりちゃんが東京から来て家に、kさんと一緒に来る。この前の扇町公園の踊りパレード思いだし

出来るだけ参加していい一念の締めくくりにしたい。今年も泣いても、笑っても、怒っても、ウランでも後四日だ。

ウジャで、踊って叩くぞ。

答えなんか初めからないんだ。自分が生きている現実こそが、ありのままの答えだったんだ。

生きてる事の意味以上に勝る出来事は、この世に存在しない。だから皆んなの命が、平等で大切で

あらねばならない。

狭い視野で判断して、自分を見失うとこだった。そうなんだ。人間も含め、宇宙の生命体は生きてなんぼなんや。

能書きでもなんでもない。生きているから、腹もへる。涙もながれる、生きてる。生きること、すごいことなんだ。


大切に生きたいと思う。せっかく人間に生まれたこの命

故郷の山のように、四季をおりなし、自然体で、悠々とありたい。


そして、いろんな人との出会い、別れ、胸に刻み、自然体でいい。うらむこともなく、みんなが愛しく思えれたら一番いい。

ここまでの、心境はまだ無理かも知れないが、こんな気持ちになれたら、もっと

生きてることが素晴らしくて、楽しいだろうに。

仲間たち 友 絆 愛 青春 昨日みつけた机のはしに、誰が書いたか三つの言葉 真実 人生 ああ青春。刻んだ奴の心根が 今もこの胸よみがえる。

これは自分が中学生の時の青春ドラマで流れてた曲なんだ。今でも、忘れない。文句がいい。50年前ぐらいだと思う。

落ち込んだ時とかに一人唄う歌なんだ。今日は違うけど、自分は、青春とかの言葉を聞くと、今でも胸が熱くなり、当時をなつかしく思い出す。

ここに高校に行けなかった事への、コンプレックスが表れているように思う。だからよけいに、学園ものの歌、ドラマが大好きだった。


ずっと好きだったから。裏返しなんだろうな、

● 熱くなろう。明日、まちゅこけライブ京都、一乗寺に行く。帰って、しょうゆちゃんの、第九、中央公会堂へ。のこぎり演奏

お明日のまちゅこけライブ。何か、燃えてくる何か掴みたい。前が見えない自分が目の前にいる

あせることはない、生きるとは何か。生きていることの意味はあるはずだ、どんな人間にだってあるんだ

釜ヶ崎日雇い労働者かて、同じ人間や。行きたかった、キム、キガンさんの、芝居

あんこかて、人間や。その通りだ。八日市は俺には遠すぎた。逃げyたわけじゃない。

今の俺には観れないから。次の時まで、楽しみにしておこう。  人は、とやかく言いすぎ。

あんこかて、悩みはある、乗り越えようと、必死にもがいて、深みにはまるときだってある。

でも、自分の生きる道、必ず、乗り越える、おかしければ、笑え。俺は真剣だ。

大事な、所では人に信じてもらえてない、釜の、あんこや。社会は、何も、変わってないことや

原発事故の事もや、10か月経てば、また同じように忘れていく人が多い。

いつもそうだ。でも仲間を信じてたからこそ、踏ん張れた。信じてくれる仲間がいたから、熱くなれた。

おれは熱く語り、生きたい。それだけだ。釜のあんこかて、人間やと、社会に叫びたい心境や

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