ああ コードなんだと思う
SNの上映会で感じたものがなんだったのか など
もんもんといろいろ考え
いつもカマメでなにか会をするときには、違うコードをもった人が居合わせて
はなしをすることが多くて
それがあたりまえで
それはいつもいつもきもちのいいことばかりでなくって
はなすコードが違うから けんけんがくがくになることもある
労働者としてこのまちで生きてきたおじさん
高校の先生や大学の先生、学生
アートをしごとにしている人
働く女性、主婦の人
支援を仕事としている人
フリーターという人、わたしのように仕事のなまえがわからない人
大阪で育った人、別の場所で生まれ育った人
年齢もバラバラ
みんなことばのコードがかなり違う
生きてきた場所も時代も背景も全然ちがう
ちがうコードをもった人がはなすことができるお題とか
ことばを出すきもちになることができるお題 とか
はなすことができる場づくりとか
雰囲気とかあり方とかそういうのってあるんだなあと
そういう人がお互いのちがうコードを聞く努力をして
伝わるように、いまできる努力をしていく営みそのものに
意味を感じていたんだなあとほんとうに今更なんですがつらつらと思いました
今日は聴き取りしたり、されたり、ミーティング2本、それにまつわるメールをたくさんうって
いろんな事務、やりとり、できることとできないこと
整理してやらないといけないのにぐちゃぐちゃになっていくこと
ぐちゃぐちゃなってきたのでFAXを届けに2階に上がってみる
静かでいい
1階と2階というだけで別世界
普段どれだけ晒されているか気がつく



コメントする