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日記

作品&プロジェクト

ふくろうの親子 柴犬の親子

きょうもいろいろあり

しかし 水戸での議論なんかから やっぱり もんもんと考える

関係性 関係 関係の希薄

定点カメラのユーストリームでただひたすら流される 柴犬のお母さんと子犬のライブ映像

定点カメラの前を 行ったり来たりするふくろうの親子のライブ映像

これが今いちばん世界で見られている映像 

という状況 それをみんながおもしろいおもしろい と言っているという

そこをどんな クリエイティビティで越えていくか というはなし

そこに置かれたカメラと そこに映り込む被写体と その映像を見ている人の関係性って

どんなだろう 関係の密度 というか 関係の編まれ方って その濃度って どんなだろう

鮮度があっという間に落ちていく あっという間に記憶から流れていくような絵を

見る

もちろん濃淡はあってよいと思っているのですが

でもあまりに 今のそのたくさんの人の興味のむき方 とか それはその人が悪い とかではなく

そうなってしまうような状況とか まずいんではないか と思う

カメラを向ける人 カメラを向けられた人やもの そこに写り込んだもの

撮られたものを見る人  いろんないろんな人  人 と 人

その関係が薄い そのとき表面を共有できても 根本を共有するのはむずかしそう

根本をゆさぶるような映像は かんたんには撮れないんだろうし

PCの前でひとりで見てひとりで終わりにするものではないんだろう とおもう

薄い薄い関係のほうに そのカメラのむこうを自分が引き受けずにくらせるところに

いる 人があまりに 多いということだ とおもい

そこを越えていくクリエイティビティ というのは

作品の完成度とか いかにその映像の仕掛けが人を魅了するかとか

そういうものでなく

いかに関係をつなげるか ばらんばらんの カメラの向こうの人たちが 関係をつくる状況や場や

その工夫や知恵を いかに考えるか なんではないか と

 

きょうは

マップづくりのためにひたすらまちを歩く 歩くと見えていないものが見えてくる

帰って マップのことを整理したり 雑務したり

夜はココルーム 盛り上がっていろいろなことがありながら

カマメではアサダさんがインタビューを受けながら それをふむふむ 聞きながら

電話とってメールして 原稿直して … としているうちに

みんなは先ほど 嵐のように 帰って行きました

ああ 立ち止まって考えたい と思うけれど

立ち止まったら考えられる っていうのは幻想なのかもしれないなあ

 

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