今日は大阪市立大学へ
アジアアートマネジメント会議へおじゃましてきました
行くときに急いでいたら、大学前の踏み切りで思いっきりころび
満身創痍で光が差し込むきれいな会場へ
アジアと西欧
アートと政治
国家と地域
伝統と現在の文化
釜ヶ崎のまちを離れで 出会ういろんなこと いろんな話
うーん となる
今の自分では処理しきれないことだらけ
でも行って来てよかった と思いました
もんもんと考え
進んだ国と進んでいない国?
昔の日本を見ているよう とか
昔のイギリスを見ているよう と 言うけれど (自分も使っていたけれど)
そもそも文化が違うし歴史が違う制度も政治も抱えている課題も違うので、この
昔のどこそこの国を見ているよう という表現は 安易かなあ と思ったり
それは進んでいる国の遅れていたころを見ているよう という表現になってしまわないか
そこで言われる「昔」が 進んでいく先は イギリス や 日本 なのだ ということを
表現してしまっていないか と気になり
一言で 「あの国の昔のよう」 と言ってしまえるか と考える
確かに制度や、スキル、ノウハウ、知恵、知識を共有することは大切だけれど
切り取って貼り付けできるほど
こういうことって簡単ではないのだろう と
丁寧に見て考えて対話して地に足付けて言説つんで… ということなんだと思う
そういうことをする組織とか役割とか必要なんだろうなあ と思う
少し話を聞いたくらいでわかることなんてないなあ と思う
しかしわたしはわたしで
わたしの年齢とか経験とか立場とかで これからしていくこと できること やるべきこと
しっかり考えないといけないなあ と思う
夜帰ってきたら、酔ったおじさんが道でコップを割ったり
何度も何度も酔ったおじさんから電話がかかってきたり
何度も何度もいろんなおじさんが、カマメのドアを開けて
はなしをしたり、ときには上がってきてみたり
テンションがいつもと違って とても疲れ きょうははやく帰るぞ!
と言ってみても この時間…
今日の会議後の懇親会で
この状況を見かねて 築港ARCの蛇谷さんが 手伝うよ!と言ってくれ
若い人が来れるようにしたい という話なんかもできて
良かったなあ とおもう



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